マルコによる福音

 そのとき、イエスは1・29会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。30シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。31イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。32夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。33町中の人が、戸口に集まった。34イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

 35朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。36シモンとその仲間はイエスの後を追い、37見つけると、「みんなが捜しています」と言った。38イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」39そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。

 

 シモンとアンデレの兄弟はなりわいを捨て、イエスに従いましたが、家族との絆を断ってはいなかったことが分かります。

 マルコ福音書を読み解く鍵として20世紀初頭にドイツの聖書学者が「メシアの秘密」という概念を提唱しました。

 当時のユダヤ人が考えていたメシアはローマ帝国を武力で打倒し、ダビデ王のような栄華を再興する「政治的・軍事的英雄」でした。イエスはそうした誤解を避けるために悪霊にものを言うことを許しませんでした。

 イエスの正体は十字架上で死ぬ瞬間まで、誰にも正しく理解されることはなかったのです。

マルコによる福音

1・21イエスは、安息日にカファルナウムの会堂に入って教え始められた。22人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。23そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。24「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」25イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、26汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。27人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」28イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。

 

 イエスの宣教の特徴は、権威ある教えと力あるわざです。イエスが誰なのか気づいたのは汚れた霊でした。

 汚れた霊がイエスを見て「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」と叫んだのはなぜでしょうか。

 古代の世界では、相手の「本名」や「正体」を知り、それを口にすることで、相手を支配したり、その力を封じ込めたりすることができると信じられていました。汚れた霊はイエスの名を呼ぶことでイエスの働きを封じ込めようとしたのです。

 イエスが汚れた霊を叱り、取り憑いていた男から追い出したのは、イエスが汚れた霊よりも強い力、聖霊の力を持っておられたからです。

マルコによる福音

 1・14ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、15「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

 16イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。17イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。18二人はすぐに網を捨てて従った。19また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、20すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

 

 イエスはガリラヤ湖で漁師をしていたシモンとアンデレ、ヤコブとヨハネの二組の兄弟を弟子にしました。

 「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」というイエスのひと言で、彼らはすぐに自分たちのなりわいを捨ててイエスの弟子になりました。

 イエスとの出会いが彼らの人生を変えました。イエスのまなざしを受けた彼らは、自分が生まれ生きてきたのはこの人に出会うためだったと思ったのかもしれません。

 イエスは今でも一人一人を呼ばれ続けていると思います。