ヨハネによる福音

 3・16神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。18御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。19光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。20悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。21しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。

 

 16節から21節までは、イエスとニコデモの対話をしるすヨハネ福音書の著者の独白のように思えます。

 

 「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。」は序言の「言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。」と響き合います。

 

 「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」と言われるイエスに付き従うことができますように。

ヨハネによる福音

 〔そのとき、イエスはニコデモに言われた。〕3・7「あなたがたは新たに生まれねばならない。8風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」9するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。10イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。11はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。12わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。13天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。14そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。15それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」

 

 ニコデモに語るイエスの言葉はいつの間にか「あなた」と「わたし」ではなく、「あなたがた」と「わたしたち」に変わります。

 ヨハネ福音書を書いた著者が生きていた時代のユダヤ教とキリスト者の対話が反映されているとする見方もあります。

 

 「天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。」という言葉は、イエスの昇天を目撃した人々の言葉ではないかと思います。

ヨハネによる福音

 3・1さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。2ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」3イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」4ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」5イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。6肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。7『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。8風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

 

 復活節の週日の第一朗読は使徒言行録、福音朗読はヨハネ福音書が読まれます。第二週はイエスとニコデモとの対話から始まります。

 ニコデモがイエスのもとに来たのは夜でした。ヨハネ福音書において、イエスは「世の光」です。したがって、その光がない状態である「夜」は、神を知らない状態、罪、あるいは拒絶を象徴します。ファリサイ派のニコデモが「夜」イエスの元を訪れたのは、彼がまだ真理(光)を完全には理解していない途上の状態であることを示唆しています。

 ニコデモにイエスは「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」と言います。「新たに」と訳されているギリシャ語は「アノーテン」で、それには二つの意味がありました。

 「再び」という意味では、一度経験した誕生をもう一度繰り返すことになります。

 「上から」という意味では、人間的な次元ではなく、神の次元(天)から生まれることになります。

 ニコデモは「もう一度母親の胎内に入って生まれる」のかとイエスに訊きますが、イエスが言ったのは「神の霊によって、上から生まれる」という意味でした。

 ヨハネ福音書の序言は、「言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。」と語ります。