ルカによる福音

 〔そのとき、〕9・43bイエスがなさったすべてのことに、皆が驚いていると、イエスは弟子たちに言われた。44「この言葉をよく耳に入れておきなさい。人の子は人々の手に引き渡されようとしている。」45弟子たちはその言葉が分からなかった。彼らには理解できないように隠されていたのである。彼らは、怖くてその言葉について尋ねられなかった。

 

 弟子たちが山中で「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」という声を聞いた後、イエスは山を下り、悪霊に取りつかれた子どもを癒やします。

皆がイエスの力あるわざに驚いていると、「人の子は人々の手に引き渡されようとしている。」とイエスは弟子たちに言います。

弟子たちは怖くてイエスの言葉の意味を尋ねることができませんでした。それは、師を襲う悲劇が、自分たちにも及ぶかもしれないという危惧からだったのだと思います。

師と共に死んでも構わないという覚悟が彼らにはなかったのです。

翻ってわたしはイエスと共に生き、イエスと死んでも構わないという覚悟を持っているのかと自問します。

ルカによる福音

 9・18イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。19弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」20イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシアです。」

 21イエスは弟子たちを戒め、このことをだれにも話さないように命じて、22次のように言われた。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」

 

 福音書は淡々とイエスと弟子たちとのやり取りを述べますが、イエスが弟子たちに「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」と問いかけた後、ペトロが「神からのメシアです。」と答えるまで、かなり間があったのではないかと思います。

 自分が付き従っているイエスに、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」と訊かれたら、自分の決断がこもった答えにならざるを得ません。

 イエスは私たちにも「あなたはわたしを何者だと言うのか。」と問いかけられているのだと思います。

ルカによる福音

 〔そのとき、〕9・7領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、8「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。9しかし、ヘロデは言った。「ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい、何者だろう。耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。

 

 領主ヘロデは、洗礼者ヨハネを処刑した後、ガリラヤでイエスが起こす奇跡や噂を聞き、「あれは首を切ったヨハネが生き返ったのではないか」と恐れました。一方で、一度イエスに会ってみたいという好奇心も持っていました。

 イエスが十字架にかけられる直前、ローマ総督ピラトによって身柄を預けられ、ヘロデのもとに送られました。ヘロデはイエスが何か奇跡を見せてくれることを期待しましたが、イエスが何も答えなかったため、侮辱してピラトへ送り返しました。

 ルカ福音書では、ヘロデは俗物の典型のような人物として描かれています。