マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕5・38「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。39しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。40あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。41だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。42求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」

 

 「目には目を、歯には歯を」という言葉は復讐の容認のように思えますが、本来は「復讐に歯止めをかけ、被害以上の過剰な報復を禁止する」ための掟だったようです。

 この掟のルーツは、紀元前18世紀頃の古代メソポタミアの「ハンムラビ法典」や、旧約聖書の「モーセの律法(出エジプト記21章など)」にあります。

 これらが制定される前の古代社会では、身内が目を傷つけられたら、相手を殺したり、相手の家族ごと全滅させたりするような「果てしない血の復讐(報復の連鎖)」が当たり前に行われていました。

 「目には目を、歯には歯を」という掟は「復讐に上限を設けることで、社会の治安を守り、弱者を守るための慈悲深い法律」だったのです。

 イエスは、旧約聖書の「同等の報復で抑える」という消極的なブレーキを超えて、「復讐そのものを手放し、愛と赦し(ゆるし)によって悪の連鎖を断ち切りなさい」と教えたのです。

 アメリカはイランと戦争をしていると報道されていますが、わたしには、アメリカが一方的に攻撃を仕掛け、自分たちの言う通りにしろと脅迫しているように思えます。

 イエスの明示的な教えに逆行する行いは、反キリスト的であると言わざるを得ません。

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは、〕9・36群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。37そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。38だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

 10・1イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。2十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、3フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、4熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

 5イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。6むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。7行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。8病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」今日のみことばの主題は「神の選びと派遣」です。

 

 出エジプト記19章から24章は、旧約聖書でもっとも重要な箇所の一つです。シナイで主である神がイスラエルの人々に、「十戒」を与え、神とイスラエルの人々との契約が結ばれます。本日の箇所は主である神がモーセに「ヤコブの家にこのように語りイスラエルの人々に告げなさい。あなたたちは見た わたしがエジプト人にしたこと また、あなたたちを鷲の翼に乗せて わたしのもとに連れて来たことを。今、もしわたしの声に聞き従い わたしの契約を守るならば あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。あなたたちは、わたしにとって 祭司の王国、聖なる国民となる。」と語ります。

 エジプトという強大な国からイスラエルの人々を脱出させた主である神がイスラエルの人々と契約を結ぶと宣言します。主である神はかつてモーセに顕れ、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出」すと言いました。

 

 なぜ、神はイスラエルの民を選んだのでしょうか。申命記7章では次のように述べられています。

 

 あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。

 

 主がイスラエルの民を選んだのは、イスラエルの民が「他のどの民よりも貧弱だった」からです。

 主である神が虐げられた者たちを見捨てることなく必ず救うことを諸国民に告げる使命をイエスラエルの民に与え、祭司として神と諸国民とを結ぶ結び目となるために派遣します。

 

 第二朗読の使徒パウロのローマの教会の手紙で、パウロは「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」と言います。この言葉は第一朗読の主である神のイエスラエルの選びに通じます。

 

 マタイ福音書では、イエスが各地を巡り、会堂で教え、福音をのべ伝え、病いをいやします。次にイエスは弟子たちに「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」と言います。そして弟子の中から十二使徒を選び、宣教に遣わします。

 イエスは十二人に「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。」と言います。

一見すると、イエスが特定の民族を差別したり排除したりしているように思えるかもしれませんが、聖書全体の文脈や当時の歴史的背景を紐解くと、ここには「宣教の優先順位」という明確な理由があります。そして、イエスご自身がサマリア人を嫌っていなかったことも聖書には書かれています。

なぜでしょうか。福音は先ず、契約の民であるユダヤ人に伝えられるべきものだったからです。しかし、それは「狼の群れに羊を送り込むようなものだ」とイエスは言います。

十二使徒のユダヤ人への宣教は、イエスご自身の宣教と同じく、ユダヤ人から拒絶され、排斥されます。その結果、神の国はユダヤ人から取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられることになります。

 イエスが選んだ十二人は、他の弟子よりも優れていたわけではないかも知れません。

 1984年に設立された北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「べてるの家」を立ち上げた向谷地生良(むかいやちいくよし)さんは十二人について次のように書いています。

 

ベテルの家から吹く風

 

 七十人ほどの弟子志願者のなかから特別に選ばれた十二人の若者を見たとき、当時の人たちは驚いたにちがいない。「なんで俺が選ばれないで、あいつが選ばれるのだ」という声もあがっただろう。なぜなら、選りすぐりのエリートが数多く志願したなかで、選ばれたのは、なんとも心もとない若者たちであったのだから。

 いろいろなトラブルが起きた。イエスが一番祈ってほしいときに、弟子たちはみんな眠りこけ、「俺たちのなかでだれが一番偉いんだろう」と名誉や権力に執着した。そして、イエスをあざむき、逃げだした。イエスは孤独のうちに、つばを吐きかけられ、罵声を浴び、十字架を背負いながら、処刑場へと向かって行った。

 イエスは、この弟子たちと行動を共にしたら、とんでもないことになるとわかっていながら、共に旅をしたのである。悲劇的な運命を感じながら、あえて、不完全な弟子たちと旅を続けたイエスに思いを巡らしたとき、私には「それで順調なんだよ」「それで僕は順調なんだよ」という声が聞こえたような気がした。

 

 そして、その弟子たちが教会の土台となり、イエスの言葉の語り部として用いられていく。教会の土台とは、まさにその混乱と疑いと、誘惑に駆られた人たちによってつくられてきた。それを思い、そして信じたとき、正々堂々と己に絶望し、あきらめている自分がいた。

 

 十二人の選びと派遣の物語を読むたびに向谷地さんの言葉を思い出します。

ルカによる福音

 〔イエスの〕2・41両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。42イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。43祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。44イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、45見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。46三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。47聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。48両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」49すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」50しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。51それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。52イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

 

 イエスの母が「これらのことをすべて心に納めていた」のは、羊飼いが幼子を礼拝しに来た時にもあったことです。

 聖母マリアは理解できない出来事が生じたとき、それらのことを「すべて心に納め、思い巡らす」方でした。

 シメオンは神殿でマリアに「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。」と預言しました。

 

 カトリック教会では、伝統的に金曜日はイエスの十字架の受難(みこころ)を黙想する日であり、土曜日は聖母マリアに捧げられた曜日です。

 金曜日にイエスのみこころを祝い、土曜日にマリアの心を記念するという流れは、この伝統的な曜日の意味合いとも美しく調和しています。

 典礼暦では、神の愛の象徴であるイエスの心と、それに寄り添い続けた母マリアの心を続けて祝います。

 

 聖母マリアの汚れなきこころについては女子パウロ会ホームページをごらんください。

https://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycle0/cuore_maria_1.php