マタイによる福音

 11・25そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。26そうです、父よ、これは御心に適うことでした。27すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。」

 

 「幼子のような者」とは誰を指すのでしょうか。

 「知恵ある者や賢い者」とは、律法の知識を誇り、神を理解していると思い込んでいるファリサイ派や律法学者などの指導者たちです。彼らには神の国の秘密が隠されていると思われていました。

 「幼子のような者」とは社会的・宗教的地位がなく、ただ純粋に、無力な者としてイエスの言葉を受け入れた弟子たちや貧しい人々。

 イエスは神への祈りという形を通して、イエスに従った弟子たちや小さき人々を祝福しました。

 聖ボナベントゥラについては女子パウロ会ホームページをごらんください。

ひと言いうなら、聖ボナベントゥラは聖トマス・アクィナスと共にパリ大学で教鞭を執りました。中世のキリスト教神学・哲学を牽引した二人の知的巨人、聖トマス・アクィナスと聖ボナベントゥラが亡くなったのは、奇しくも同じ年、1274年です。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint365.php?id=071501

マタイによる福音

 〔そのとき、〕11・20イエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。21「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。22しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンの方が、お前たちよりまだ軽い罰で済む。23また、カファルナウム、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。24しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである。」

 

 イエスはコラジン、ベトサイダを呪い、カファルナウムの破滅を望んだように思える言葉です。

 コラジン、ベトサイダ、そしてカファルナウムは、いずれもガリラヤ湖畔にある町です。イエスはカファルナウムを宣教活動の「拠点(自分の町)」とし、これらガリラヤの町々で最も多くの奇跡(病人の癒やしなど)を行い、神の国の教えを説きました。

 それにもかかわらず、これらの町の人々はイエスの言葉を受け入れませんでした。

 解説によれば、イエスが怒っているのは、彼らがイエスに反抗したり迫害したりしたからではなく、目の前で神の恵みを見聞きしながら、それらに無関心で悔い改めないことに対して、預言者的な警告を投げかけているのです。

 「陰府にまで落とされる」という言葉も、カファルナウムの破滅を望んでいたわけではなく、悔い改めない者たちに対する警告です。

 イエスと出会った人間は、見物人の立場を取ることは許されません。イエスを信じて付き従うか、イエスを否んで離れ去るか選ばざるを得なくなります。

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕10・34「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。35わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。36こうして、自分の家族の者が敵となる。37わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。38また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。39自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。40あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。41預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。42はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」

 11・1イエスは十二人の弟子に指図を与え終わると、そこを去り、方々の町で教え、宣教された。

 

 イエスは使徒たちに「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」と言います。

 日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、この聖句を人生の指針としていました。

彼はインドのゴアからポルトガルの友人へ宛てた手紙の中で、日本行きの決意を語る際、この「命を失う者はそれを得る」という聖句を直接引用、あるいはその精神に深く言及しています。

 当時、未知の国であった日本へ航海することは、文字通り「命を捨てる」に等しい危険を伴うものでした。ザビエルは周囲からの猛烈な反対や引き留めに対し、「神のために命を失うことこそが、永遠の命を得る道である」という確信をもって1549年に鹿児島に上陸しました。

 イエスの言葉は現代に生きるわたしたちにも響いています。