ヨハネによる福音
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕14・7「あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」8フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、9イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。10わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。11わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。12はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。13わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。14わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」
ユダヤ人たちは、神を見ることを怖れていたようです。彼らは神を直接見れば罪深い人間は死ぬと思っていたのです。
イエスが、「あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」と言います。フィリッポは「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言います。
目の前におられるイエスは見えますが、イエスを遣わした父である神はフィリッポたちには見えないと思ったからでした。
フィピッポにイエスは、「わたしを見た者は、父を見たのだ。」と言われました。
神のイメージは宗教によってことなるかも知れませんが、私たちが信じる神は、イエスがお示しになった父である神です。
神は放蕩息子の帰郷を待つ、父であり、悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる方です。