マタイによる福音
〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕10・16「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。17人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。18また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。19引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。20実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。21兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。22また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。23一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。」
迫害を受け逮捕拘束されたとき、イエスの父である神の霊が、彼らに代わって語るのだとイエスは言います。
あらかじめ弁明する言葉を考えていたとしても、尋問の場に立つと何も言えなくなってしまうような気がします。
十二人が逮捕されむち打たれたとき、彼らは父の霊が語る体験をどのようにしたのでしょうか。
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