マタイによる福音

〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕10・16「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。17人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。18また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。19引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。20実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。21兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。22また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。23一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。」

 

 

迫害を受け逮捕拘束されたとき、イエスの父である神の霊が、彼らに代わって語るのだとイエスは言います。

あらかじめ弁明する言葉を考えていたとしても、尋問の場に立つと何も言えなくなってしまうような気がします。

十二人が逮捕されむち打たれたとき、彼らは父の霊が語る体験をどのようにしたのでしょうか。

 

聖ベネディクト修道院長については女子パウロ会ホームページをご覧下さい。聖ベネディクトは共住による修道生活の規律を定めました。

 

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint365.php?id=071101

マタイによる福音

〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕10・7「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。8病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。9帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。10旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。11町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。12その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。13家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。14あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。15はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」

 

 イエスが十二人を宣教に遣わすときに指示したことがらです。

 病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払」う権能は並外れて大きな力です。

 しかし、その力はイエスが与えた力であり、彼らの能力ではありません。イエスはくれぐれもそのことを忘れないようにと念押ししているようにも思えます。

 「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」という言葉は、十二人だけでなく、十二人と同じ使命を受け継ぐ私たち教会の司牧者にも宛てられているとわたしは思います。。

 

マタイによる福音

〔そのとき、〕10・1イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。2十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、3フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、4熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

 5イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。6むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。7行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。

 

 イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、使徒とされました。イエスの昇天後、ペトロはイエスを裏切ったユダにかわり、「主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」と呼びかけ、祈った後にクジを引くとマティアに当たりました。

 ペトロが言う使徒の条件にはパウロは当てはまりませんが、パウロは自分自身を使徒だと言います。

 十二使徒の制度は、初代教会時代、一定期間続きましたが、使徒たちが高齢化し殉教する中で、使徒教父と呼ばれる人たちが教会を指導するようになり、やがては司教(エピスコポス)たちに引き継がれました。

 教会内で解決しなければならない課題が生じると、彼らは教会会議(シノドス)を開き、課題を審議し、決定したことを実行しました。それが公会議に発展しました。