ヨハネによる福音

〔そのとき、〕19・25イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。26イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。27それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

 

 十字架上でイエスは、母に「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言い、愛する弟子には「見なさい。あなたの母です。」と言いました。

 カトリック教会では、単にヨハネ個人にマリアを託しただけでなく、すべてのキリスト者(信者)にマリアを母として与えたと解釈されています。

 新共同訳聖書は、「そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。」と訳しますが、私の恩師の小林稔神父は、「その時から、彼女を自分のところに迎え入れた。」と訳しています。

 「引き取る」とは、人や動物、物などを自分が責任を持って受け入れ、世話をしたり管理下に置くこと連想させます。

 イエスは愛する母を愛する弟子に託したのです。原文には家という言葉はありません。「その時から、その弟子は彼女を自分の母として迎え入れた」と訳すこともできます。

カトリック教会は聖母マリアを信者たちの母として敬います。

 

 悲しみの聖母については女子パウロ会ホームページをご覧下さい。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091501

 悲しみの聖母は彫刻や音楽など優れた作品で表現されていますが、私はヴィヴァルディのスタバト・マーテルが秀逸だと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=ELbm9JUqZLs

ヨハネによる福音

 〔そのとき、イエスはニコデモに言われた。〕3・13「天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。14そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。15それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。

16神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」

 

 毎年、9月14日は十字架称賛の祭日とされています。イエス・キリストが磔刑に処せられた十字架そのものの発見に由来するものとされています。

 ローマ皇帝コンスタンティヌス1世の母である聖ヘレナが、西暦320年頃にエルサレムのゴルゴタの丘でキリストが処刑された十字架を発見したと伝えられています。

 この発見を記念して、335年にコンスタンティヌス帝がその聖地に復活聖堂(または十字架聖堂)を献堂しました。9月14日は、この献堂が祝われた日とされているところから十字架称賛の祭日となりました。カトリック教会だけでなう多くのプロテスタント教会でも9月14日にこの祭日を祝います。

 

 第一朗読は民数記です。エジプトから脱出した民は荒れ野で四十年間さまよいます。この民は荒れ野で、たびたび神とモーセに逆らい、不満をぶつけてきました。

民が「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます。」と言うと、神は炎の蛇を民に送ります。蛇に咬まれた人が死んでいくのを見た民はモーセのもとに来て、罪を告白し、神が蛇を取り除いてくださるように願います。

 神はモーセに青銅の蛇を作らせ、旗竿の先に掲げさせます。蛇に咬まれた者がそれを見上げれば命を救われました。

 

 第二朗読は使徒パウロのフィリピの教会への手紙です。本日朗読される部分は「キリスト賛歌」と呼ばれています。ご自分を無にして十字架の死に至るまで従順であったキリストに見ならいなさいとパウロは勧めます。

 

 福音朗読はイエスとニコデモの対話です。ところが16節からはヨハネ福音書の著者の独白が挿入されています。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」

 木にかけられることはユダヤ教では神の呪いの象徴でしたが、イエスが十字架にかけられることによって、十字架は神の呪いの象徴から神の愛とゆるしの象徴に変化しました。

 

ひとこと

 本日の聖書と典礼の7ページにアウグスチノ会の柴田弘之神父が記事を書いています。聖書と典礼をお持ち帰りになり、ゆっくりお読みください。

教皇レオ14世の誕生日は1955年9月14日です。教皇レオ14世は十字架称賛の日に生まれ、キリストの十字架を仰ぎ見ながら教皇職を果たしておられます。

 戦禍の中で十字架を仰ぎ見る人々のために祈りましょう。

 

 

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕6・43「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。44木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。45善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。

 46わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。47わたしのもとに来て、わたしの言葉を聞き、それを行う人が皆、どんな人に似ているかを示そう。48それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている。洪水になって川の水がその家に押し寄せたが、しっかり建ててあったので、揺り動かすことができなかった。49しかし、聞いても行わない者は、土台なしで地面に家を建てた人に似ている。川の水が押し寄せると、家はたちまち倒れ、その壊れ方がひどかった。

 

 イエスの弟子に対する勧告が続きます。人は自分が蒔いたものを刈り取ることになるとイエスは教えています。

 弟子の中にはイエスの教えを聞くだけで行わない人もいたことがイエスの言葉で分かります。

 イエスは彼らを厳しく非難しますが、追放することはありませんでした。

 イエスに叱られながらも、イエスの後に従う弟子の一人として生きていきたいです。

 

 聖ヨハネ・クリゾストモ司祭教会博士については女子パウロ会ホームページをご覧下さい。

 https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091301