ルカによる福音

〔そのとき、〕9・1イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。2そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わすにあたり、3次のように言われた。「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。4どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。5だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい。」6十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。

 

 徒手空拳という言葉があります。「手に何も持たず、素手であること」という意味だそうです。

 弟子たちは徒手空拳で宣教に出かけましたが、イエスは彼らに「あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けに」なりました。

 彼らが「村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした」時、イエスの力を実感したと思います。

 ただ、イエスの言葉だけを信じて、宣教の生活を送らねばと反省します。

ルカによる福音

 〔そのとき、〕8・19イエスのところに母と兄弟たちが来たが、群衆のために近づくことができなかった。20そこでイエスに、「母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」との知らせがあった。21するとイエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。

 

 何故、イエスのところに母と兄弟たちが来たのでしょうか。

 マルコ福音書では、イエスが公の場で奇跡を行い、群衆を集めるようになったことに対し、人々が「あの男は気が変になっている」と噂するようになりました。家族は、この噂を聞き、イエスが正気でなくなったのではないかと心配し、彼を取り押さえて家に連れ帰ろうとしました(マルコ3章21節)。

 肉親が訪ねてきたと聞いたとき、イエスは「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」と言いました。

 マリアは、天使ガブリエルのお告げに対して「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」と答え、イエスの母となりました。

 このことを知らない人々はイエスの言葉を、寓意だと受けとめたかもしれません。

 

 ピエレルチーナの聖ピオについては女子パウロ会ホームページをご覧下さい。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint365.php?id=092302

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕8・16「ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。17隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。18だから、どう聞くべきかに注意しなさい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っていると思うものまでも取り上げられる。」

 

 イエスの弟子たちへの教えが続きます。

 イエスの時代、室内はどれほど暗かったことでしょうか。ともし火が室内を照らさなかったら、何も見えなかったと思います。

 当時はオリーブオイルを灯心に浸して燃やすランプで、部屋中を照らすために燭台の上に置かれたようです。

ともし火が燭台に置かれると部屋中が明るくなり、部屋の隅で隠れていたものも見つけることができます。

 イエスは弟子たちに対し、彼らが聞いた教えや、イエスが彼らに語った真理を、恐れることなく公の場で語るようにと促しています。