今日は昭和で数えると昭和99年9月9日と9が4つ並ぶ日。
だからどうなんだと言うことはありませんが昭和ももう99年なのかぁと思うと感慨深い。
そんな今日、ワタクシまたまた盛大に転びました。
友達とショッピングモールを歩いていてバランスを崩し(たぶん)よろけたまま尻もち。
横を歩いていた友達がびっくりしていましたが、なんで何もないところで転んだのかわけがわからない。
尻もちをついたおしりは痛いし、明日にはきっと大きな痣ができてるだろうなぁ。
色々調べてみたら何もないところで転ぶ原因の一つにパーキンソン病があって、家は祖父も叔母も脳の病気だ亡くなってるし、父も脳の病気だったので、これちゃんと病院で検査してもらった方が良いのかなぁ。
そんな私の今日のブログはちょっと最近、先週のお話です。
友達とお出かけの予定だった木曜日、友達が体調を崩しお出かけは延期に。
一応お出かけするつもりにしていたので、伊勢丹の北海道展に行こうと思ったら、えき美術館でこんな企画展をやっていたので行ってみることに。
手塚治虫さんの「ブラック・ジャック」は1973年に初登場したそうで、去年の50周年を記念して「ブラック・ジャック展」が巡回中。
京都ではこの9月から開催されています。
「ブラック・ジャック」は、1973年11月から1983年10月まで(途中中断あり)、少年マンガ誌「週刊少年チャンピオン」に掲載されていて、当時は私も毎週チャンピオンを読んでいました。(買っていたのはたぶん弟)
当時週刊少年チャンピオンは「ドカベン」「がきデカ」「マカロニほうれん荘」「750ライダー」「エコエコアザラク」「ゆうひが丘の総理大臣」「月とスッポン」「恐怖新聞」や萩尾望都さんの「百億の昼と千億の夜」など今読んでも面白い有名な漫画が掲載されていて、家族みんなで読んでいた記憶があります。
館内はお写真NGなのでお外でパチリしたお写真ですが、館内は第一話から最終話までの原画の一部が展示されていて、読みながらこんなお話あったな~と思い出しながら鑑賞できました。
この日はたまたま手塚治虫氏の息子さんの手塚眞さんが来館されていて、手塚先生やブラックジャックの思い出話をしながら館内を案内してくださいました。
こちらは手塚先生の仕事机。
先生はテレビを見ながら漫画を描かれていたそうです。
「ブラック・ジャック」はコミックで全25巻。
1巻目と
25巻目だと顔もずいぶん違います。
確か家の弟が全巻持っていたはずなので、まだ持っていたら借りてまた読みたくなりました。
ご存じの方も多いと思いますが、ブラックジャックは天才的な外科技術を持っていて、不可能と言われてる手術もこなしてしまいますが、莫大な報酬を要求する無免許医。
ちなみに本名は間黒男(はざまくろお)。
「ブラック・ジャック」は医療漫画なので結構重い話も多く、辛い結末の物の多くあります。
でもピノコが出てくると雰囲気がガラッと変わります。
手塚眞さんもピノコがいなかったら8年ももたなかったと思うとおっしゃっていました。
ピノコは第12話の「畸形嚢腫」というお話で初登場。
元は双子の姉の体のこぶの中で脳や手足、内臓等がばらばらに収まった状態だったのをブラックジャックが取り出して組み立てられた女の子。
1968年に手塚先生が描いた短編「嚢 」が元ネタなっているそうです。
息子さん曰く当時のブラックジャックファンの女性はみんな」ピノコになりたがったそうです。
古い漫画なので手術や治療のやり方も今とは違っているそうですが、それでも今読んでも新鮮で楽しめます。
ブラック・ジャック展、来月の6日まで開催されているので、興味のある方は行ってみてください。









































































