私の風邪はほぼ完治したけど周りにも風邪っぴきさんが結構多い。
インフルエンザも流行っていて、今日行った美容院でもスタイリストさんがインフルエンザにかかって予約のお客さんの調整が大変だったみたい。
中国ではまたちがうインフルエンザが流行ってるみたいだし、やっぱりマスクはまだまだ必需品だな。
最近昔より寒さが身に染みるようになったけど、歳をとって筋肉が落ちてきてるのが原因らしい。
う~ん、こんなところにも加齢が![]()
今は肩甲骨の後ろと腰にカイロを二枚貼って寒さをしのいでいますが、これはけっこう暖かくて気持ちいいい。
今週末から寒くなるらしいので、またカイロを買ってこなくちゃ。
そんな私の今日のブログは去年の9月の終わりころのお話。
この日はsanboさんとお出かけ。
まずはロシア料理のランチ。
ボルシチです。
ここは前にも来たことがありますが、歌手の加藤登紀子さんのお父さんが満州から帰国後に東京に開店したお店の二号店として1972年に開店したお店。
ちなみにこれはピロシキ。
京都市と姉妹都市のキエフ(現キーウ)にちなんでキエフという名前のお店です。
お値段も手ごろで個人的にこのお店、めちゃ気に行っています。
ビルの最上階にあるこのお店は見晴らしも良い。
向こうに見えるのは菊水。
大正5年創業のレストランです。
この時期はまだビアガーデンもやっています。
ここでこんなお土産を見つけたので買ってみました。
ということでそこからてくてく歩いて、やって来たのは大雲院。
普段は非公開のお寺です。
大雲院は浄土教系の単立寺院。
天性年間に織田信長・信忠親子の菩提を弔うため、貞安上人が二条烏丸に創建されたのが始まりです。
その後寺町四条に移転後、火事で焼失。
明治時代に復興して1973年に現在の場所に移転したんだそうで、元はこの辺りは明治の実業家大倉喜八郎の京都の別邸・真葛荘があった場所なんだそう。
鐘楼は「神仏分離令」により、1871年に不要となった北野天満宮の鐘楼を移設したそうで、鐘は八坂神社から移設されたものだそうです。
ここでひときわ目立つのがこの建物、祇園閣。
これはもともとも真葛荘にあった建物で、大倉喜八郎が1928年に祇園祭の鉾を模して造らせた建物です。
建物は三階建てで高さは36m。
屋根は銅板葺きになっていて、金閣、銀閣に次ぐ銅閣とも称されています。
屋根にあるのは鳳凰…ではなく鶴。
大倉喜八郎の幼名は鶴吉、のちに鶴彦と称し、晩年は鶴翁と呼ばれていたからだそう。
祇園閣の扉にも鶴。
ちなみにこの「祇園閣」という文字は西園寺公望の筆なんだそう。
この日はこの中を見学することができます。
中に入ると…お写真はNGですが、壁面には敦煌の壁画が模写されています(お写真は某所から)
途中には青銅製の奇獣の照明器具が。(これも某所から)
ちなみに大倉喜八郎さんの長男は大倉喜七郎さんと言ってホテルオークラの創立者です。


























































