今日は先日テレビ(帰れ●ンデー?)で外国人観光客に聞いた京都で一番美味しかったカレーの店で紹介されたお店にカレーを食べに行きました。

ということで番組で一番人気だったカツカレー。

 

 

 

カレー自体はごくごく普通だったけど、カツがめちゃ厚くて食べ応えがあります。

 

 

 

ちなみにこのお店はカレー専門店ではなくお肉の美味しいお店。

私も何度か来たことがあるけど、メニューにカレーがあることも知らなかった。

それにしても外国人はなんでカレー推しなんだろう?

 

 

 

そんな私の今日のブログは4月の松江ぶらぶらの続きです。

 

次に訪れたのは武家屋敷。

 

 

 

ここは塩見縄手の名前の由来となったとされる塩見小兵衛も住んだ屋敷で、上級・中級武士が屋敷替えによって入れ替わり住んでいたお屋敷です。

 

 

 

 

 

次の間の先に見えるのが座敷。

当主が来客を迎えるお部屋です。

 

 

 

あ、どうも、お邪魔します。

 

 

 

 

このお家は1733年の大火で焼失後しましたが、その後再建され、明治維新まで松江藩の中級節の住居でしたが、明治時代には漢学者の滝川資言も住んでいたそうです。

 

 

 

主屋はおよそ67坪で、表側である式台玄関(来客用玄関)から座敷に至る部分と、裏側の私生活の部分では造りも材料も区別されていていて、、武家の公私の別の厳しさを示しているそう。

 

 

 

 

こちらは当主の居間。

 

 

 

奥方の居間には化粧道具やお歯黒の道具などが展示されています。

 

 

 

お台所も立派。

 

 

 

 

お風呂もありました。

 

 

 

こちらは式台玄関と玄関の間。

 

 

 

濡れ縁から座敷が見えます。

 

 

 

こちらは長屋門。

門番や奉公人の住居です。

 

 

 

お庭には井戸。

 

 

 

お庭も広いです。

 

 

 

 

 

裏山には松江の伝統行事「鼕行列」に関する展示施設もあり、大太鼓をたたく人形も。

 

 

 

出雲地方では太鼓のことを鼕 (どう) といい、 松江の鼕行列は打ち面を上にむけた大きな鼕を据えた山車 屋台を鼕を打ち鳴らしながら引き廻る祭りだそうです。

 

 

 

 

お腹がすいてきたのでこのあたりでお昼にします。

ということで、すぐお隣にあったこのお店に入ります。

 

 

 

次から次に人が入っていくのでつられた入ってみたんですが、人気店みたい。

 

 

 

鴨南蛮そばが有名らしいけど私は鴨が苦手。

ということで天ぷらと割子蕎麦のセットで。

出雲割子蕎麦は皮ごと引き込んだ黒いおそば。

蕎麦出汁もちょっと辛口で美味しかったです。

 

 

 

このお店、奥も立派。

 

 

 

実はここ、松江藩の剣術指南役・大石源内の屋敷跡。

 

 

 

 

お庭のこの黒松は樹齢450年だそう。

 

 

 

お蕎麦美味しかったよ

 

 

 

お腹もいっぱいになったので、堀川添いをぶらぶら。

 

 

 

菖蒲?アヤメ?がきれいでした。

つづきます。

友達の家のエアコンが壊れたそうで、まだ保証期間中だったので買ったお店に行ってみたらお店がなくなっていたそう。

結構大きな家電量販店だったのに他のお店と統合されたらしい。

しかたなくメーカーに電話するけど今時はどこも音声サービス。

ガイダンスに従いながら番号を押すけど途中で元に戻ってなかなか人間と会話できないらしく機械が苦手な友達はもうお手上げ状態。

私もこの間カードの解約でカード会社に電話したけど、人間と話せるまでがめちゃ長かった。

私たちの歳でも音声電話には苦労するのに、もっと高齢の方はどうしてるんだろう?

これから高齢化社会になるというのに、これどうにかならないのかなぁ。

しかも音声通話には結構高い通話料金が課せられるし…いや別に有料でもいいんですが無駄にダイヤルを押すのがめんどくさい。

最初に音声ガイダンスか人との通話か選べると便利なんだけどなぁ。

 

そんな私の今日のブログは4月の松江の続きです。

 

塩見縄手はかつて上級・中級武士の屋敷が軒を連ねていた通りで、「塩見」はこの場所に住んでいた松江藩の塩見小兵衛の屋敷があったことから、「縄手」は縄のように細く延びた道のことを言うそうです。

 

 

 

この通りにある小泉八雲旧居をはじめ、小泉八雲記念館前から明々庵入口に至る延長約500mは1973年に松江市の「伝統美観地区」に指定されています。

 

 

 

まずやってきたのは「小泉八雲記念館」。

1933年に開館した記念館で、小泉家から寄贈された原稿や、小泉記念会会ら寄贈された書籍や遺品など1500点ほどが展示されています。

 

 

 

現在の施設は1984年に和風建築の木造平屋建てに改築されたもので2016年にリニューアル。

現在の館長は小泉八雲の曾孫小泉凡さんです。

 

 

 

小泉八雲は本名パトリックラフカディオ・ハーン。

1850年、ギリシャ西部のレフカダ島で生まれました。

19歳の時に単身、移民としてアメリカに渡り文筆家に。

1890年に日本にやっていきました。

 

 

 

同じ年に島根県尋常中学校に赴任し英語教師になり、1896年に松江の士族の娘、小泉セツと結婚し日本に帰化しました。

小泉八雲は写真が少なく、たいていが左を向いているか目を閉じていますが、16歳の時に学校で遊戯中に事故に会い、左目を負傷し失明したからだといわれているそうです。

 

 

 

記念館の前庭には、小泉八雲の遺髪塔があります。 

八雲の三男で画家の小泉清のアトリエから見つかったものでこちらの塔に納められています。

ちなみに八雲は1904年9月26日、心臓発作で54歳の生涯を閉じています。

 

 

 

記念館のすぐ横にあるのは小泉八雲旧居(ヘルン旧居)。

1891年の6月から11月まで新婚時代の小泉八雲とその妻セツが暮らしたお家です。

 

 

 

 

この家は1868年に作られたもので旧士族根岸家の武家屋敷です。

 

 

 

 

 

八雲はこの家の庭がお気に入りで「知られぬ日本の面影」第十六章「日本の庭」の中で、この庭のことを詳しく描写してるそうです。

 

 

 

現在もこの庭は保存されていて、1940年には国の史跡に指定されています。

 

 

 

 

八雲の机。

ここで「知られぬ日本の面影」などを執筆したんだそう。

 

 

 

とても落ち着いたいいお家で、今でも普通に生活できそうなお屋敷です。

つづきます。

 

 

8月もようやく三分の二が過ぎようとしていますが、まだまだ暑い日は続きそう。

テレビのニュースで日本の春夏秋冬の四季は、そのうち夏と冬の二季になるとか言っていましたが、正直そんな時代まで生きていたくないな。

とにかく暑いのは苦手。

特に京都の夏にはもううんざり。

長期予報によると9月10月も暑い日が続くそうで、みなさん頑張って乗り切りましょうね。

 

そんな私の今日のブログは4月の島根の続きです。

 

松江城の高さは石垣を含め約30m。

外観は四重で内部は地下一階地上5階建て。

 

 

 

現存する天守の中では3番目の高さ、総面積は2番目の広さなんだそう。

ちなみに別名は「千鳥城」。

 

 

 

中に入って奥に進むと地階。

ここには大きな井戸があります。

この井戸はかつては24mの深さがあったそうですが、現在は半分が埋められているそうです。

こういった天守内の井戸は名古屋城や浜松城にもあったそうですが現存しているのはここだけです。

 

 

 

松江城の鯱は木造銅板貼りで高さ約210m。

日本現存の木造の鯱の中では日本一の大きさだそうで、こちらは昭和の解体修理で外された古い鯱です。

 

 

 

狭い階段を上がっていくといろんな展示物が。

二階にあるのは二之丸にあった太鼓櫓で使用されていた太鼓。

明治に太鼓櫓を破却する際に見つかったものだそう。

 

 

 

最上階の5階は壁のない360度の展望が広がる望楼。

 

 

 

宍道湖も見えて、めちゃ眺めがいい。

 

 

 

松江城は1611年に落成。

1871年の廃藩置県により廃城となります。

 

 

 

1873年には陸軍省所管となり城内の建物は全て解体され売却される予定でしたが、地元の有志によって天守閣だけは買い戻されて保存されることになったそうです。

 

 

 

松江城は全国に12城しか残っていない現存天守の一つ。

ちなみに現存天守とは江戸時代以前に建てられ、壊されることなく現存する天守のことだそう。

 

 

 

2015年には天守が国宝に指定されました。

ちなみに国宝のお城は松江城以外では犬山城、松本城、彦根城、姫路城があります。

 

 

 

実は私、松江城に行くのは三度目。

でも鳥取砂丘同様に全然記憶がありません。

 

 

 

ということで帰りは入ってきた大手門と反対側へ抜けていきます。

 

 

 

この池は馬洗い池。

文字通り馬を洗うための池です。

 

 

 

 

北之丸の近くにあるのは松江護国神社。

昭和14年に創建された神社で、明治維新後の国難に殉じた出雲地方・隠岐地方ご出身の戦没者22928柱を奉斎しています。

 

 

 

こちらは城山稲荷神社。

じょうざんいなりじんじゃと読みます。

松江藩の基礎を築いた、松平直政が勧請した神社で、10年に一度行われる日本三大船神事ホーランエンヤの起点となる神社です。

多くの狐の像があり小泉八雲もよく訪れた神社だそうです。

 

 

 

このあたり野生の藤の花がいっぱい咲いていました。

 

 

 

 

お堀に出てきました。

 

 

 

今度は稲荷橋を渡って塩見縄手地区を散策します。

つづきます。