オトナになって父を亡くして

こんなに悲しみ暮れているのに


小さい子どもたち

中高生たちが

震災で親を失っている


祖父母がいるならまだ救われる


やっぱり血のつながりはつよい


でもそんな親族もいない場合


彼・彼女たちは

どこに震える心をぶつけたらいいんだろう


義援金を送ることは出来る


でもそれだけでは


何かできないのだろうか


生まれた


ということは死ぬこと


生まれた人にただひとつ与えられた共通の命題は


死ぬこと


そんなシンプルなしかし大きなテーマを


私たちはとんと忘れて生きていける


すごいよね私たちって


ティラミスとか


あの言い草が気に食わないとか


そんなことで夢中になって時間を浪費できる


人間ってすごいよね









亡き父を


思い出さないときはない


そういう意味では


父と生前よりも一緒に生きている



死者はどこへ行くのだろうか


それとも行くべき存在をもう持たないのだろうか



おもかげ を追って生活をしている今


父は私の中でこくこくと行き続けているが


私の中だけの存在だとは


どうしても思いたくない



父の存在が


父の魂というものが


あって


どこかにあってほしいと


ただ願っている



昨日はあるところで「箱庭」を置いてきた


箱庭というカウンセリングを受けた


1年ぶりくらい


自分が変わっているのがよくわかった


いわば<なんでもありだ!!>的心境になっている


それはいなおりでもあるが


自分の枠以外を受け取っていこうとする決意でもある


箱庭には船があり、妖精があり、魔法使いがあり


赤・オレンジ・緑・黒・青の色たち


そして大きなポットまであった


メルヘンだ


そう自分の頭の中は


メルヘンだよね


メルヘンとしらずに埋没していればそれは若さというもの


そろそろ私クラス?の年齢になると


知っていてメルヘンでないとね


なんでもありだ


それは自由


他でもないこの自分という殻からの 


自由




ディズニーランドが再開したそうで


開園時にミッキーを見て泣いている人がいた


着ぐるみだ


ミッキーはほんものではない はずだ


よくわからん




でもホンモノのミッキーはどこにいるんだ?


これもよくわからん