今日のニュースの話題の一つに裕木奈江が国費で留学している、という夕刊フジの記事があって、ちょっとおかしくなってしまいました。というのは、論調が、わざわざ国がお金を出して彼女の留学をパックアップするのはおかしい、みたいなニュアンスで一貫していたことで、かつての「裕木奈江バッシング」の流れそのままに忠実に伝統を踏襲しているみたいなことです。

もうはるか昔の話ですよね、彼女が癒し系美女などともてはやされて、その直後に悪女イメージでひどいバッシングを受けたのは。そんなころの記憶を、再び読者に思い出させてまで、人のことを悪く言いたいのでしょうか。

正規の手続きを経て費用を請求して、留学しているのならばそれでいいじゃないですか。そんなにうらやましいなら、ご自分も請求してみるがよろしいでしょう。
自分ではまったく書き込まないので、どうなるかは他人事なんですが、2ちゃんねるの管理人さんが訴訟で負けてますな。日本に帰化した外国人の方に対する誹謗中傷を削除しなかった、というのがその理由だそうです。

これからこういう名誉棄損に関して次々と同様の訴訟が起きたらどうなるでしょうか?

判決文自体の趣旨からすると、こう言った誹謗中傷の書き込みは、管理人が削除する義務を負う、ということのようです。自分が管理人だったら、こんなリスクは絶対に負いたくないですけどね。
結局そういうことなんですか。輸入を再開したばかりのアメリカの牛肉に、あらかじめ除去してあるはずの特定危険部位の脊柱(せきちゅう)が混入していたそうですな。

政府も今回は決定が早く、再び輸入禁止を決定したそうです。

アメリカはどう出るでしょうか。「手続きに間違いがあった」と言い訳して終わらせるつもりでしょうかね。もしかしたら、「日本側でチェックができるならばそのまま輸入して自分たちで除去すればいいではないか」ぐらい言いかねない国ですな。

今後の方針については考え方がいくつかありますな。
1)当面輸入禁止をおこない、ちゃんと業者が危険部位の除去を行い、不履行業者を厳しく処罰する、という制度が確立する保証がなされるまでは再開しないと通告する。
2)もう全頭検査を行うまでは輸入を再開しない
3)関係者が処罰され、大統領がきちんと謝罪すれば輸入を再開する

3)はちょっと甘すぎると思いますけどね。
そんなに国民全体の関心事なんでしょうか。ライブドア。

ことあるごとにいろんな部分で露出してきたので、もういいかげん飽きてきた感もあり、あんまり長々とニュースをやられても、もうそんなに知りたくもないような気がしています。

これはなぜかというと、株のやりとりにそんなに興味がないからですかね。風評を流して自社の株の値段を上げ下げする、という手法自体そんなに珍しいことでもないような気がするのと、そういうことに簡単にだまされて右往左往してきた株主もそうとういいかげんな人々のような気がするので、そういうことで社会のシステムが揺らぐ、ということ自体ダメダメな雰囲気たっぷりです。

そういうことをしないと、回っていかないような会社のあり方そのものが、今どきのIT産業の中では氷山の一角のような気がするのも、このバブリー気分を象徴していないでしょうかね。
本当はバッタなんです。仮面ライダーは。いくら「ムシキング」がヒットしてもそれにあやかった「カブトムシの仮面ライダー」なんて作っちゃったらそれはもう怪人の仲間入りじゃないですか。

仮面ライダーの一番の武器はジャンプ力でしょう。その裏付けとなるのは、ただ一点、仮面ライダーの能力がバッタのものである、ということじゃなかったんでしょうか。

カブトムシのライダーなんて、バッタもんですよ…あれ?ならいいか。
とんだ茶番だと思いました。宮崎勤裁判。こんなことならばもっとすぐに判決をだしても同じだったでしょう。

もちろん遺族の感情というものへの配慮も必要だし、もしも自分が親の立場だったら、という感情からは絶対に許せない、とか死刑にするべきだ、という感情論はもちろんあるでしょう。しかし、精神の疾患から起きた犯罪であったとしたら、これは死刑にしてはいけないのです。ここが法治国家ならば。

宮崎被告の法廷での態度はおかしかったでしょう。これが罪を免れるための偽装かどうか、本当に判断できる人が誰かいたでしょうか。これだけ時間をかけた様々な鑑定も、結局証拠能力を持ち得なかった。逆に、本当に犯行時に責任能力があったことは「証明できなかった」のです。法律に則って人の命を奪う死刑、という手続きのためには、この証明は絶対の条件だと思うのですが。

つまり、この裁判全体が「宮崎を死刑にしたい」という結論が先にあっての手続きに他ならなかったのではないでしょうか。「残虐なことをしたから死刑になって当然」などという一国の首相の発言自体、門外漢が何を言うか、もはや正気のものとは思えません。犯罪行為がどれだけ残虐であろうと、それを即、刑に結びつけることが認められるならば、何のための裁判でしょうか。

責任能力が立証できないのならば、一生精神病院でもいいじゃないですか。もう人を害する危険はないのだから。
あすの健康診断に備えて、打ち合わせ中にお菓子をつまんでいたのですが、「これじゃ太るなぁ」と思い、向かいに座っている、最近彼女に振られたTくんを利用することにしました。自分が食べようと思うときには必ず同じお菓子をTくんにもあげることにしたのです。

Tくんは素直なやつなので、与えられたお菓子は遠慮せず食べます。現段階でぼくよりも太っているので、僕と同じ量のお菓子を食べ続ける、という前提でいけば、僕がTくんよりも太る、ということは原理的にあり得ないことになります。

これが世に言う「リスクヘッジ」というやつですか。
いままでずっと間違って生きてきました。ひげの剃り方。

だいたい普通の人はどうしてるんでしょうね、ひげを剃るとき。多くのサラリーマンの人は朝、出がけに剃るんでしょうか。僕はぜったいいやです。なぜって、時間に追われて焦ると切り傷ができそうじゃないですか。

電気剃刀もいやです。あの、肌の脂をアルミが引き延ばしていく汚れた感覚。ヒゲだけじゃなくて、肌の表面の細かい汚れもバターみたいにのばして塗りたくる感覚がもうたまりません。

で、必然的に夜、剃る習慣がつきました。しかもお風呂の中で頭を洗いながら。

だけど間違っていたのです。僕の剃り方は。

なんできれいに剃れずに剃り残しが出てしまうのか、ずっと疑問だったのですが、それはもう、根本的に剃り方に問題があったのです。

今までは、シャワーを前回に頭から浴びながら、剃るそばから洗い流すのが習慣でした。そのほうが剃りかすがきれいに落ちるし、肌にもいいかなと思っていたのです。で、今日はシャワーを浴びずに先に泡だけつけて剃ってみました。

「ジョリ、ジョリ…」電光のように衝撃が体を走り抜けました。カミソリの当て方の微妙な差が瞬時に伝わるようになったのです。いま、自分は剃り残しを出しているか、いないか…。それを判断する重要な要素、それは「音」だったのです。この音に無頓着にカミソリを買い替えて2枚刃、3枚刃、4枚刃といくら増やしたところで宝の持ち腐れです。

カミソリで剃るな、耳で剃れ!

私の座右の銘です。
もともとはリリー・フランキーさんの最初のエッセイ集となるはずだった本が、めぐりめぐって3冊目の本になって出版されたのがこの「美女と野球」だそうですな。「美女と野獣」だとアニメですが、リリーさんの好きなものを並べると「美女と野球」なのだそうですよ。

司会業やら、エッセイストやら、イラストレイターやら、絵本作者やら、いろんなことをしている人ですが、ここしばらくブームの人のようです。このエッセイは90年代にずっといろんな雑誌に書き続けていたものをまとめたようで、だいたいエロを中心につづられています。

で、このテイストにかすかな記憶があって、それはなんなのか、と思うと中島らもさんの「明るい悩み相談」なのですな。そういう意味では、らもさんが亡くなった後の穴を埋めるべく、リリーさんが脚光を浴びている、というのもありうる話かもしれません。そうでなければ、昔から一貫して馬鹿馬鹿しいことをしてきたリリーさんがいまになって急に脚光を浴びている理由もよくわからないなぁ、と思ったりしました。
健康診断の追加検診になってしまい、今夜の9時から食事を禁止されてしまいました。職場で打ち合わせがあり、終わったのは9時半。仲間はみんな飯を食いにいったのに、一人仕事をしています。こういうときに限って、コーヒーが無性に飲みたくなりますな。