Vol.27 ケヴィン・ターナーさん│Quest Cafe [クエストカフェ・インタビュー]
http://www.questcafe.jp/interview/interview_vol027.html#05 より転載します
ケヴィン:先ほど、アートマンとブラフマンの話があったんですけど
和田:はい。
ケヴィン:個としての自分のエゴ、または個人の意識というものがありますが、アートマンがブラフマンであると気がつくために、いわゆるエゴを打ち崩すとか、打ちのめすことは逆効果なんですね。
なぜかというと、そういう事をされるとエゴというのは余計現実を意識し始めますので。
ではどういう風にしないといけないかというと、私達は自分はこうだとか、自分のパーソナリティだとかを、維持するために一生懸命個という部分にエネルギーをパックして、そのエゴ構造を保持するために労力を使っているんですが、その努力を辞める事ですね。
そうすることによって自分を個とたらしめているエネルギーを撤退させていく、 抜いていくというお話をしました。そうすることによって、これは虚構だったんだとアートマンが気づく。
純粋な意識に気づくには、そういうやり方でやるべきだと思います。
和田:それは、見つめる事ですか?何とかしようとするのではなくて、エゴを見つめ味わう。
ケヴィン:それは、大きなトピックですね。
そのためにいろいろな方法があります。仏教的な言い方をすると「エゴを殺す必要はない」。
エゴとは、そもそも強硬なのだから殺す必要はないという。
エゴに抵抗するとかえって増大させてしまう。
なので、エゴという構造を保たさせているエネルギー自体を撤退させていく方法という事になるんですが、例えばシャーマンとかヘミシンク、モンロー研究所の実践者たちに言えることは、シャーマンだったらアッパーワールド、ローワーワールドに行きますよね。
これは次元間の旅です。
またはヘミシンクで多次元を旅します。そうやって何回も何回も多次元的な旅をしていると、自分のこの次元でのパーソナリティというものがすべてではないことに気がつくんです。
この次元だけの自分が本当の自分ではなくて、実は、自分は更に大きな多次元的な存在だったんだ、そのすべてが本来の自分なんだということに気がつく。
そうすると個の限られた、この次元だけのパーソナリティというものに執着する必要がなくなってくるんです。
それがエゴを撤退させていくことに繋がっていくと思います。
窓から見る景色の中のおびただしい数の人たちというのは、何を恐れているかというと、この猿の肉体をですね、このモンキーボディを失うことを恐れているんです。
その怖れが人生をものすごい勢いで蹂躙(じゅうりん=踏みにじる)しているんですね。
それが人生をコントロールしているんです。
ですから、普通と言いますか平均的な人たちが、多次元的な意識にアクセスできる手法を学べば、自分の物質次元の身体を失うことが怖いという、そこに執着する必要がどんどん、どんどん小さくなっていくんです。
そうすると世の中というのは、もっともっと楽しい場所になってくるんです。
それはもう楽しい冒険の世界ですね。
そもそもなぜ世界や宇宙がこういう状態で起こっているか、なぜ星があって惑星があって、なぜ地球があって動物がいて私たちが生きているんだろうと、そこに来るんですが、神がもし、まだ姿を現していない純粋な意識なのだとしたら、どうして私たちはこんなに問題に囲まれてあくせくしていかなければいけないんでしょうか?なぜこの統一性、一体がそもそも分離というものをはじめて、分離したあげくに、自分たちが一つだったということを忘れなければいけなかったのでしょう?これは、究極の質問ですけれども・・・笑
これは、答えを見つけることをあきらめるべきではないんです。
一つの見方ですけれども、これは「忘却」して、「思い出す」という、ものすごく壮大な冒険なんですね。
忘れてしまう、そして、本当に忘却してしまったことをまた思い出す、その冒険。
まず、一つの見方ですが、ユニティ=ひとつなるものがあって、神のレベルがあって、そして、アーキタイプ=原型があって、エンジェルの領域がありますね。
そして、スピリッツがあって、物質の領域があって、そういう風に分離があり、この次元に至ってはものすごい分離があります。
私たちはこの現実で、ものすごい分離を体験しています。
それで、この世でいろいろ大変な思いをしているうちに、私たちは一つであったという記憶を思い出さざるを得ない、思い出す方向に行かざるを得ない、そっちの方向に強制されるわけですね。
自分=ユニティ、ひとつなんだということを思い出した達人たち、マスターたち、聖人たちは、例えこの世の問題のさなかでも笑うことがあるんです。
この世の中というのは、一旦そのような意識状態を手に入れた人にとっては、素晴らしい冒険なんです。
例え何か大変なことが起きていようとも。
だからシリアスな問題が起こっているさなかにでさえ笑ったりする。
なので、逆にそういう意識状態でない人たちからは、厄介ものとか、トラブルメーカーのように受け取られてしまうんですね。
和田:なるほど~・・・よくわかります。
ケヴィン:時に聖人たちは、お葬式で笑ったりもしますからね・・・笑
彼らは、死なんかないとわかっていますから。
肉体が無くなった人と依然コミュニケーションが取れているわけですから、その聖人たちというのは・・・でも、そうでない意識状態の人たちからすると、お葬式で笑うなんて不謹慎だってことになる。
「あんな奴、摘み出せ」と・・・笑
物質次元の命とは尊いものです。
でも物質次元でのあなたの命は、あなたのトータルセルフのほんの一部分に過ぎないんです。


