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「経口免疫寛容」という現象…なぜ食べ続けることでアレルギー反応が減っていくのか?


こんにちは。橋本です。


今日は、少しだけ複雑なお話です。


しかも、専門家の間でも、かなり意見のわかれる話。


アレルギーの治療は、アレルギーをおこすもの……いわゆる「アレルゲン」を避けるのが、最大の治療であると教えられてきました。


食物アレルギーでは、そもそもアレルゲンを食べなければ、アレルギーをおこさないですから、そりゃあ当たり前ですよね。


しかし、じつは、こうした「食物アレルゲンを徹底的に除去する治療」に反するような現象も確認されています。


それが、「経口免疫寛容(けいこう・めんえき・かんよう)」という現象。


避けるよりも、むしろ、食べ続けることで、悩まされていたアレルギー反応がだんだんとおさえられてくる、という現象です。


でも、なんでアレルギーを引き起こすものを、あえて食べ続けることで、アレルギー反応が減ってしまうんでしょうか?


経口免疫寛容とは


 


もくじ

⇒ 1. 異物を排除してくれるのが「免疫」であるはずだけど

⇒ 2. 自己と非自己とみわける能力

⇒ 3. 「ものを食べる」ということ

⇒ 4. 寛容とは?…厳しくはねつけず、ゆるーく受け止めること

⇒ 5. 経口免疫寛容(経口トレランス)

⇒ 6. 「おばあちゃんの知恵」的な例

⇒ 7. 経口免疫寛容:研究はどう進んできたのか?

⇒ 8. コホート研究からわかること

⇒ 9. 「必要以上の食物除去」への警告


 


異物を排除してくれるのが「免疫」であるはずだけど


食べ続けることでアレルギー反応が減っていく反応……。


それを経口免疫寛容(けいこう・めんえき・かんよう)とよぶわけですが、これを文字通りに意味を翻訳していくと、


経口(けいこう) ⇒ 口からの

免疫(めんえき) ⇒ 免疫反応を

寛容(かんよう) ⇒ ゆるく受け止める


こんなニュアンスの意味になります。


もともと、一度、「外敵」と判断したものには、「厳しく対応していくぞ」というのが「免疫」というシステムです。


その厳しいはずの免疫反応を、寛容していく、ゆるく受け止めていくように変化していくのが、「経口免疫寛容」の意味するところなんですね。


細菌、ウイルスといった外敵から身を守るために、もともと人間には「免疫」というシステムが備わっています。


免疫は体に入ってくる異物を攻撃するシステム。


この免疫という、複雑でよくできたシステムがあるからこそ、病原体が外から侵入してきても、撃退し、病気にならずにすむわけです。


このような病原体に対して免疫システムが働くことを、「免疫」とよんでいます。


一方で、同じ免疫システムでも、ダニ、花粉、食べ物などのような、通常の人には無害な物質……「アレルゲン」に対して攻撃するのをアレルギーとよんでいます。


免疫:病原体


 


自己と非自己とみわける能力


免疫システムが正常に働くのに超重要なのは、「自己」と「非自己」を正確に見分けることです。


「自分の体」を「自己(じこ)」、「自分の体でないもの」を「非自己(ひじこ)」とよんでいます。


「自己」は、具体的にいうと、自分の体を形づくっているあらゆる細胞。


「非自己」は、具体的にいえば、細菌、ウイルス、がん細胞といったもの。


免疫システムとは、「自己」と「非自己」を見分けて、「非自己」だけを攻撃して排除することで体を守るシステム。


病原体が体に侵入したら、「非自己が入ってきたぞー」と、抜かりなく気づき、免疫システムが撃退してくれるわけですね。


しかし、「非自己」は、ウイルスや細菌などの病原体ばかりではありません。


じつは、健康な人の体でも毎日のように「がん細胞」が発生しているといわれていますが、この「がん細胞」も「非自己」です。


免疫システムは、「がん細胞」だけを攻撃し、「自己」は傷つけない。


だからこそ、毎日のように「がん細胞」が発生しても、その都度(つど)、がんは消滅し、体も傷つかないわけです。


自己:非自己


このようにみていくと、免疫システムは、「自分自身を傷つけることなく異物を排除する」という、とても精巧で精密なシステムですよね。


ところが、「非自己が体に侵入してくれば、何でも攻撃するぞ!」とあまりにも頑固になると、じつは大きな不都合も生じてきます。


 


「ものを食べる」ということ


なぜ不都合かというと、食べるという行為は、非自己を食べて、吸収し、それを自己に変えていくという作業だから。


経口免疫寛容:食べる


口から入る食べ物は、異物として排除してしまうと栄養を摂れないので、生きていけません。


食べ物にまで、攻撃をしかけてしまうのは、人間にとっては不都合。


いくらなんでも、免疫システムの「働き過ぎ」なわけなんですね。


でも、人間にとって「外部から入ってくる食べ物」は、すべて自分の体とは異なる、まぎれもない「非自己」です。


だったら、なんとか、口から取り入れるものだけは、異物として排除しないでほしい。


そこであらわれるのが、まさに「経口免疫寛容」という現象なのです。


 


寛容とは?…厳しくはねつけず、ゆるーく受け止めること


免疫寛容とは、特定の抗原(こうげん:「免疫反応をおこすもの」のこと)に対して、免疫反応がおさえられる状態のこと。


攻撃対象になるはずのものがたくさん継続して入ってくると、免疫システムが「あれ? これって攻撃しなくてもいいんじゃね?」という勘違いをすることがある。


そう考えられているのが、免疫寛容という現象です。


「寛容」という言葉の意味は、心が広く、他の人を受け入れること。とがめないこと。


小さなミスでグチグチ言わずに、そっと温かく見守ってくれる人のことを「寛容な人だなあ」なんて言ったりしますよね。


だから、「いつもは厳しいはずの免疫が、だんだん反応しなくなる」というのが、免疫寛容というわけです。


寛容とは


この「寛容」という言葉は、もともと英語のトレランス(tolerance)を翻訳するために作られた言葉なので、免疫寛容のことを「トレランス」とよぶこともあります。


 


経口免疫寛容(経口トレランス)


というわけで、食べ物にまで、異物として免疫システムが攻撃をしかけてしまうと困る。


そうは言っても、食べ物が「非自己」であるのは、まぎれもない事実。


そこで、口からのルート(経口:けいこう)で物を取り入れた時は、免疫システムが反応し過ぎないようになっていくケースがあります。


これが「経口免疫寛容」です。


一方で、皮膚表面からのルート(経皮:けいひ)では、免疫寛容がおこることが確認されていません。


「口から」以外のルートでは厳しいはずの免疫反応が、食べ続けることによって、その免疫の反応が減少してくることを「経口免疫寛容」というわけですね。


昔は、なるべく食べないほうが食物アレルギーになりにくと考えられていた。


食べさえしなければいい、と。


しかし、「ある程度、早い時期に口からいろんな物を食べ続けたほうが、食物アレルギーになりにくいのではないか」という議論が最近では盛んになっています。


実際に、日本でも、欧米の小児科学会でも、「離乳時期を遅らせてアレルギーを予防することには科学的根拠はない」と声明を出してます。


 


「おばあちゃんの知恵」的な例


過去の歴史をみると、「経口免疫寛容」を引き起こすための手段が、経験的にあみだされていることもわかります。


たとえば、日本の漆職人(うるし・しょくにん)の例です。


漆塗り


(うるし)は、素手で触るとかぶれやすいことが知られています。


このかぶれは、免疫反応……すなわち、アレルギーによっておこる症状です。


ところが、このかぶれを治すような薬はなく、症状が自然に治まってくるのを待ち、再度おこらないようにするには、漆に近づかないようにするしかありません。


でも、漆職人が漆を避けていては、仕事になりませんよね。


そこで、漆職人の子どもは、「あえて漆を少量ずつなめることで、アレルギーがおこりにくくなるようにしていた」という記録も文献に残っています 1)


こうした「職業的におこるかぶれ」を、経口免疫寛容で対応していたという言い伝えは、世界各地で確認されています。


もちろん、昔の人たちは、「経口免疫寛容」という医学的なメカニズムを知って、アレルゲンを口にしていたわけではないんですけどね。


 


経口免疫寛容:研究はどう進んできたのか?


経口免疫寛容があることを最初に報告した論文は、意外に古く、1908年もの昔にさかのぼります。


「卵を食べることで中毒症状をおこす患者を、少しずつ卵を食べさせてることで治した」とした報告 2) が、それですね。


また、1911年には、マウスにアレルゲンを注射してアナフィラキシー(アレルギーによるショック症状)をおこす実験でも、経口免疫寛容が確認されています。


注射に使ったアレルゲンと共通するたんぱく質をもつトウモロコシをエサとして与えていたマウスにはアナフィラキシーがおきなかった、という実験結果です 3)


マウス:トウモロコシ


その後も、経口免疫寛容についての研究は続けられ、「免疫」というシステムを考える1つのテーマになっていきました。


ですが、80年代、90年代になり、食物アレルギーの子どもが誤ってアレルゲンを食べてしまうことでアナフィラキシーおこし命を落とすというという、いたましい事故が、たびたびニュースになってしまいました。


そうしたショッキングな事故が影響したこともあり、「経口免疫寛容」という考え方が食物アレルギーに関する大きな研究課題になることはありませんでした。


しかしながら、実際に治療を実施した臨床研究を続けていくうちに、重症の食物アレルギーを治す唯一の手段ではないかという声も、一方で上がったんですね。


そういうわけで、「経口免疫寛容」の考え方は、現在でも「経口免疫療法(けいこう・めんえき・りょうほう)」という治療法に利用され、より安全で効果のある治療法にしようと、手探りで研究され続けています。


さらに、「経口免疫寛容という現象は、実際にありそうだよね」という話が、コホート研究からもわかってきました。


 


コホート研究からわかること


1990年代、欧米では、ピーナッツアレルギー患者の増加、重症化が問題になり、「赤ちゃんにピーナッツを食べさせないように」という指導がされるようになっていました。


そこで2008年、実際に、そういったピーナッツの除去を指導されているイギリスと、赤ちゃんにごく普通にピーナッツを食べさせていたイスラエルを比較し、8,600人という大規模調査をしたわけですね。


そうすると、予想をあっさり裏切り、学童期で比較するとイギリスではイスラエルの10倍ものピーナッツアレルギーの子どもがいるという結果が出たのです 4)


ほかにも、994人の子どもたちを追跡調査したところ、離乳食開始の遅れは、5歳時の食物アレルギーやダニアレルギーの感作を増やす、という2010年のフィンランドの報告もあります 5)


これらも、「経口免疫寛容が一般的におきているんじゃないか?」という可能性をしめしているわけですね。


 


「必要以上の食物除去」への警告


こうした「経口免疫寛容」の可能性が伝えてくれる大事なこと。


それは、「必要以上の食物除去がアレルギーを増やしてしまうのではないか?」ということです。


たとえばのケースでいうと……。


妊娠中も、授乳中も、卵、乳製品、小麦を必要以上に用心して除去し、離乳食であれもこれも食べさせない。


そして、病院の診察では、第一に血液検査を希望する。


すると、一生懸命除去して、食べさせてこともないのにもかかわらず、卵、乳製品、小麦の数値がズラズラと出てくる。


そうして、ほんとうに食物アレルギーかどうかのダブルチェックをせずに、血液検査の結果のみで食物除去をしてしまう……。


そうすると、せっかくの「経口免疫寛容」が働いてくれない可能性があるんですね。


「お母さんが怖がって、食べていいものでも、食べさせていないか?」


そういった冷静な判断が、食物アレルギーを増やさないためにも、必要になるわけです。


もちろん、適切な診断で食物アレルギーであることが、きちんとわかれば、その食べ物を除去するのは治療の基本。


適切な食物除去を開始する年齢が早いほど、耐性(たいせい:「アレルゲンを食べれるようになる」こと)がつきやすい、という報告もあるほどです 6)


だからといって、不正確なアレルギー情報におびえると、不必要な食物除去で、逆にアレルギーを増やしてしまうかもしれないのです。


たとえ、あきらかな食物アレルギーがあったとしても、適切な診断による「必要最小限の食物除去」にとどめることが大切です。


食べ続けることでアレルギー反応がおさえられていくという、経口免疫寛容。


このことを考えると、「今後食物アレルギーをおこしそうなものを食べないようにしておく」ことよりも「症状が出ていないのなら、幅広くいろんなものを食べておく」ほうが食物アレルギーの予防に役立つかもしれない、というわけです。


 


 


 


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参考文献:

1) 松田 権六: うるしの話 (岩波文庫). 岩波書店: 1964.

2) Schofield AT: A case of egg poisoning. Lancet 171: 716, 1908.

3) Wells HG, Osborne TB: The biological reactions of the vegetable proteins: anaphylaxis. J Infect Dis. 8(1): 66, 1911.

4) Du Toit G, Katz Y, Sasieni P, et al: Early consumption of peanuts in infancy is associated with a low prevalence of peanut allergy. J Allergy Clin Immunol 122(5): 984-991, 2008.

5) Nwaru BI, Erkkola M, Ahonen S, et al: Age at the introduction of solid foods during the first year and allergic sensitization at age 5 years. Pediatrics 125(1): 50-59, 2010.

6) 池松 かおり, 田知 本寛, 杉崎 千鶴子, ほか: 乳児期発症食物アレルギーに関する検討(第2報) : 卵・牛乳・小麦・大豆アレルギーの3歳までの経年的変化. アレルギー 55(5): 533-541, 2006.