「体験談」という落とし穴
こんにちは。橋本です。
「どの治療法にするか」とか「どの病院にするか」といったときに、体験談やクチコミといったものも参考にするかと思います。
私自身も、気になるものは、チェックします。
しかし、ちょっと待ってください。
ほんとのところ、「体験談」は、どのように使うのがいいのでしょうか?

体験談の3段論法
クチコミや体験談でよくあるのが、
このサプリを試しました
↓
病気が治りました
↓
だからこのサプリを飲めば、病気は治ります
というものです。
これを、「体験談の3段論法(ろんぽう)」とよんでいます。
とくに、ネットの情報は、この手のものが多いですよね。
しかし、この3段論法をすべてにあてはめると、世の中に効かないサプリや健康法は、1つもないことになってしまいます。
体験談は、「比較」をしていない
なぜかというと、多くの体験談は、「比較」をしていません。
前の例でいうと、
・ サプリを飲んだ人がどうなったか
・ サプリを飲まなかった人がどうなったか
この2つを比較していないわけです。
飲んだ人は病気が治って、飲まなかった人は病気が治らなかった。
この違いがあきらかに出ないと、「サプリが病気に作用しているのか」の両者間のつながり。
いわゆる、「因果関係(いんがかんけい)」は、はっきりしません。
つまり、飲んだ場合・飲まなかった場合を「比較」しないような「体験談」では、サプリなどの効果はわからないのです。
その人が「治った」という体験談自体は間違いないかもしれません。
でもだからといって、「このサプリを飲めば病気が治る」というのは、一気に話を広げすぎなんですね。
比較をしない体験談だけでは、サプリと病気の因果関係は、わかりません。
てるてる坊主と天気の因果関係
たとえば、明日が楽しみにしていた遠足の日だったとしましょう。
雨が降りそうだったので、寝る前に「てるてる坊主」を外につるしたとします。
そしたら、次の日、見事、空がぴかぴかに晴れた。
だったら、「てるてる坊主は雨を止めるパワーがある」といえるでしょうか?
答えは、もちろんNOです。
てるてる坊主にそんな力はなく、晴れたのは「たまたま」というのは、普通の大人なら、わかるかと思います。
なぜなら、「てるてる坊主をつるしてない人がいっぱいいるのに、晴れている」というのがわかるからです。
比較をすれば、効果があるのかないのかが、わかるわけですね。
因果関係をたしかめる「ランダム化比較試験」
しかし、つるした場合とつるしていない場合を比較せずに、
「つるした → 晴れた」
だけを切り取って強調してしまうと、てるてる坊主と天気に因果関係があるように錯覚してしまうのです。
実際は、てるてる坊主と天気には、何の因果関係もありませんよね。
薬や治療法の場合、こういった因果関係や効果を証明するのは、じつは相当、難しかったりします。
想像以上の手間と労力がかかります。
たとえば、治療法の効果をたしかめるときに、薬を飲んだ場合・飲まなかった場合。
それをきちんと「比較」するのが、ランダム化比較試験とよばれるタイプの臨床試験です。
このランダム化比較試験は、飲んだ場合・飲まなかった場合を比較しています。
そのぶん、体験談にくらべて、薬と効果の因果関係が証明しやすくなり、データとしては、より信頼性が高くなります。
「体験談は判断材料にできない」は間違い
ただし現実は、そうわかりやすくはありません。
物事を白黒つけたがる人のなかには、次のような感じで、体験談を全否定する人もいます。
「体験談を信じてはダメ、すべてランダム化比較試験のデータで判断しなさい」
でもこれは、間違いです。
なぜなら、ランダム化比較試験のデータは、信頼性が高いものの、それだけで必ずしも完璧とはいいきれないからです。
それに、そもそもすべての細かいケースにわたって、ランダム化比較試験がおこなわれているわけではありません。
たとえば、小児がんなど、症例の多くない病気などでは、ほかの人の体験談が治療の大きな助け、判断材料になります。
一方で、体験談ひとつから導き出した結論を、すべてのケースにあてはめるのには無理があります。
それぞれの体験談からは、「薬にどんな効果があったのか」というのは何もわからない、というのが正確な解釈です。
体験談は、うのみにするのではなく、参考程度におさえる。
体験談だけで、すべてを判断しない。
より重要な判断をするときは、効果をしめす根拠としてレベルの高い「ランダム化比較試験」などを判断材料にする。
それが、体験談の正しい使いかたなんですね。
「体験談しか治療の判断材料にしない」というのは、妖怪が住むほらあなに、無防備でピクニックにいくようなものです。
もし、体験談に無防備に飛びつきそうなことがあれば、このことを少しでも思い出してくださいね。