私が受講中のドラマセラピーワークショップは全部で3回。

1回目は前回の記事で書いたような流れで、個人のことに深く立ち入るワークはまだないのだが、

続く2回目・3回目で各4人ずつ、参加者全員の個人ワークを行う。

 

私は2回目のワークショップで個人ワークをやることになり、その準備のためにさちさんと電話で話していたとき、

長年の疑問が解けた。

 

 

子どもの頃から気になっていたけれど、これまで誰からも明確な答えが得られなかった疑問。

ワークのテーマについて話した後に、ふと思いついて訊いてみたこと。

 

私は幼少期から小学生くらいまで、自分が自分でないような、

背後から人形を動かしてコントロールしているみたいな感覚に陥ることがしばしばあった。

そんな時は、人から変に思われないよう一生懸命普通に振舞おうと頑張るのだが、

感情がなくなるというか、自分と心が切り離されてしまったような気がしていた。

ここで諦めて手放してしまうと自分の身体には二度と戻ってこれないのではないかという、

言い知れない恐怖感だけがあった。

 

長引いても翌日くらいには戻るし、中学進学以降はほとんどなくなったため、普段は忘れていた。

ただ、自分の過去や子ども時代に思いを巡らせるとき、

「あれは何だったのだろう。私にとってどういう意味があったのだろう」

と不思議に思った。

 

大人になって本やネットの情報から、どうやら「離人症」とかいう症状と似ているなというところまでは

分かったが、なぜそれが自分に起こったのかということは分からないままだった。

 

 

今回、子どもの頃の症状を簡単に話してみたところ、

辛い出来事から身を守ろうとして起きた反応だと思う、という答えが返ってきた。

そうしないと耐えられないほど、私にとっては辛いことや悲しいことがあったのだろう。

 

それを聞いた途端に、「ああ、そうだったのか」という得心とともに、涙が溢れてきた。

 

子どもの頃の私は、そんなに辛かったんだ……ということが今になって大人の私に届いた。

直視すると辛いから、自分を切り離して無感情になって耐えてたんだ。ずっと。

 

気付いてあげられなくて、ごめん……。

 

 

「でも、そこで戻ってこれたのが、強いところだね」

というさちさんの言葉の意味がよく分からず、聞くと、

酷くなると、記憶がなくなったり、多重人格などの症状が出てくるそうだ。

 

 

「私は別に虐待を受けていたわけではないのだし」と、親からされた仕打ちについて感じたことを、ずっと認められないでいたが、

そういった症状が心身に出ていたということは、少なくとも当時の私にとってはかなり耐えがたい辛い状況だったのだ。

 

 

認めていいんだ。

辛かった、悲しかったという自分の感情を。

そして、それでも自分を守ろうとした自分の強さを。

 

 

そう思ったら、電話を切った後も涙が止まらなかった。

疑問が解けるのと一緒に、胸のひっかかりもひとつ溶けた。