ドラマセラピーのワークショップ2回目を受けてきた。
ワークショップは全部で3回。
通常、ドラマセラピーはもっと時間をかけて行っていくものだそうだが、
このプログラムは3ヶ月で組まれているため、かなり詰め込むことになるらしい。
2回目はいよいよ個人ワーク。
まずは前回ワークショップでもやったような、簡単なワークを行ってウォーミングアップ。
それから、個人ワークに移る。
この日はワークショップ参加者8人中4人が個人ワークをした。
それぞれ、事前セッションでさちさんと話した上で、テーマを決めているけれど、
当日の様子で意思を確認されたり、ワークの流れで進行が変わったりする。
さちさんと本人以外には、細かな背景や事情などは分からないけれど、
その中で、本人に指名された他の受講者が登場人物となり参加しながら、心象風景が展開する。
人物に限らず、気持ちなどを表すこともある。
セリフを言ったり、動きまわったり。
時には鏡のように向き合って、本人の言葉を繰り返して言ったり。
私はこの日、2番目に個人ワークをした。
実は、前の週から体調を崩してしまい、喉の炎症が酷くて声がほとんど出なくなっていた。
私はいつも喉から風邪をひくが、これほどまでにまったく声が出なくなったのは人生で2度目くらいだ。
何というめぐりあわせだろう……。
私は心の奥底ではワークを避けているのだろうか?という考えがよぎったけれど、そういう意味付けはやめよう!と決めて、きっと当日までには何とかなると思い込み過ごしていた。
(一応、事前にさちさんに相談したが、他の人と変更できるような時間的な余裕がなく、様子を見るしかなかった)
前日までワークができるかどうか危ぶまれたものの、思いが通じたのか、当日朝にはひどくかすれてはいるが何とか声が出るようになっていた。
はじめは今の自分の心の中にいる登場人物を挙げる。
・「私は大丈夫だから」と頑張ってしまう自分
・もっと自由に好きなことがしたい自分
・傷つくから信じないほうがいいと思っている自分
それぞれの役柄を、他のワークショップ参加者に演じてもらう。
ふさわしいセリフを言ってもらって、その様子を眺めてみたところ、
3番目の「どうせ傷つくから信じないほうがいい」と言っている私がとても寂しそうで気にかかった。
彼女と相対して、私が思ったことを言う。
「確かに傷つくこともあったけど、信じないとそこから進めないよ……」
それを言ったきり、後の言葉が続かなくなってしまった。
さちさんの誘導で、自分の中にある怒りを出すワークをすることに。
長机を挟んで、こちら側に3人・あちら側に3人が対峙。あちらとこちらで机を押し合う。
あちら側は、私が過去に言われてひどく傷ついたセリフを言ってくる。
「自分勝手!」「自分のことしか考えてない」「我がまま」
こちらはそれに対して反論して応戦するはずなのだが……
私は言葉が出てこなかった。
怒りよりも悲しみのほうが勝って、胸が塞がれて痛ましい気持ちになって立ち尽くしてしまう。
私は、両親や彼、大好きな人たちに好かれたくて、愛されたくて、自分を押し殺して我慢して頑張ってきた。
それなのに、投げつけられた理不尽な言葉。
傷ついた自分に何を言ってあげたい?
そう問われて、出てきた言葉。
「ずっと頑張っていたこと見てたよ。
そんなに自分を責めなくていいよ」
震えながら、自然と出てきた声。
私は、自分自身にそう言ってあげたかったのだなと思った。
次にさちさんの手によって、こちらに背を向けて並べて、空の椅子が置かれた。
そこには両親や彼が座っている。
彼らの精神性の最も高い部分なので、私に何かを言ってくることはない。
ただ黙って座っている彼らの精神に、私は宣言した。
「私は価値のある存在。
私の心に従って好きなように生きる。
幸せになる」
そういった内容のことを、懸命に、たどたどしい、でも自分の心から出てきた言葉で宣言した。
喋っている最中、涙が溢れ出してきた。
人前にも関わらず止まらない。
オーディオワークでもイメージングして消化したと思っていたことなのに、まだまだ滞っていたらしい。
こうしてワークショップの場で道具を使いながらやってみると、よりリアルに臨場感が感じられ、余計にこみあげてくるものがあった。
涙とともに鼻も出てきたが、かまわず気のすむまで言い切った。
「さようなら」
そこまで言って、ようやくほっとして我に返った。
すっと何かが抜けていったように感じた。
長くなったので続く