悲しい母の日 | 「私の見た夢」と現実の私

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私はとてもたくさんの夢を見ます。それが悩みで友達に内容を話した所、面白すぎると爆笑されました。それを機会に夢を書き残そうかなと思いました。そして私の人生、仕事恋愛結婚子育て親の介護自身の病気、いろんなことについて書いていこうかと思っています。

こんばんは!
日付変わってしまいましたが、10日日曜日は母の日でした。

ゴールデンウィークも含め、コロナでお母さんに会えない、子供に会えない方々もいらしゃるでしょうか?

私もコロナの緊急事態宣言前あたりから別居している子供とは会えていません。
県内ですが、近くはないのでしばらくは会えなそうです。
寂しいですね。

お金も無いのでお母さんありがとう!のスタンプだけ送ってくれました。
同居している下の子は明日あたりケーキかお菓子でも買ってきてくれるのかな?と期待してます。


母の日はやはり母、義母を亡くしてから少し悲しい日になりました。
やはり墓に布団は着せられぬと言いますが、もっともっと感謝の気持ちを表したかったなと思ってます。
もっと喜んでもらいたかったなと思います。

嫁姑としてあまり上手くはいってなかった義母、親娘としてもあまり相性は良くなかった実母ですが、二人とも亡くなり、本当は二人のことがとても好きで尊敬していたことに気がつきました。

気づくの遅いんだよ!
とそんな自分に深く後悔です。

親は口うるさくてウザくて話しが通じなくて、中々ゆっくり一緒に過ごす暇もありませんでした。
どちらかというと、義母も母も嫌いでバカにしていたかもしれません。

本当にわがままでバカな自分に今は悔しく涙がでます。

会えなくなって、ああ会いたい、ああ私好きだったんだ!と気付いて、落ち込みます。
悲しい、寂しい、つらい!
そんな母の日になってしまいました。 


お母さん、生きていらっしゃる方は大切にしてくださいね。
もちろんお父さんもですが。

若い頃は何故、人は親を選んで生まれて来れないのだろう?
こんな悲劇があるだろうか?と思うほど親を恨んだり嫌ったりしていました。
愚痴ばかり言う母にあなたは自分で選んで結婚したんじゃないか!
私は選んでここに生まれて来た訳じゃないからね!こんな不幸がある?と心の中で叫んでいました。
思わず家出してしまったこともありました。

嫁に嫁いだら嫁いだで、ちよっと変わっていて口が乱暴で勝手な義母が大嫌いでした。
貧乏で稼ぎをむしり取られるような生活。

慎重なあんたが何故あんな家に嫁にいったの?と友達に言われました。

だけど実母は実母で精一杯私を愛してくれていたし、義母は義母で精一杯孫の子守をして家事をして生活を支えてくれてました。

若いときはホントに自分のことしか見えてなくて、バカだったなぁと思うのです。
結局どうすることも出来なかったとは思うのですが、もう一度会えたら、ありがとう!と二人に心からのありがとうを伝えたい。

おかあちゃん、
お義母さん
本当に本当にありがとう!

天国から皆んなを見守っていてくださいね。

私も家族のために一生懸命生きますから。


ともすると、死にたくなる日もありますが、大切な人達を忘れることなく、今日を精一杯生きたいと思います。

どんなにか辛い酷いことがあり怒りや悲しみに囚われたとしても、年月が経つうちに違った景色が見えて来て、考えが変わったりすることもあります。
そんな間を心に一歩置いてみて、物事を考えてみると良いのかもしれません。

若い私にそう言ってやりたいですね。
自分の人生を後悔はしていませんが、もっと感謝の気持ちを言葉で伝えるということを言ってやりたいです。

ちょっと暗くてごめんなさい。

今日もお読みいただきありがとうございました!