守ってあげたい より
こんなブログでも時々読んでくださる奇特な方がいらっしゃって、恋の気持ちを冷まそうと始めた個人用の物書き帳なのに、それでも舞い上がってしまっている自分がいる。誰に宛てて書いたわけでもないけれど、もし読んでくださる方がいるということであれば、それはすごくありがたいこと。どういう形であれ文章を書く人間にとって最高に栄誉だと思っている。ありがとうございます。そうだ、私は失恋を冷ますつもりで始めたんだった。で、結局今も恋してるんだ。いつまで引っ張るんだ。しつこくてちょっと気持ち悪い。自分でそう自覚するくらいなのだから、他人からすればもっとそう見えるだろう。あの人からすればますますそう見えるはずで、それでもやりとりを返してくれるなんてちょっとどういう度量なんだろうと、思わず笑ってしまいそうになる。これは私の恋愛の原風景がそうさせている(と個人的に解釈している)。というのも、私は自分の気持ちを伝えるのが下手で下手で仕方なくて、認知しているかさえ怪しい相手に振り向いてもらうように遠回しにアピールするのが精いっぱい。だから1つの恋愛が何年もかかるのだ。しかも、運がいいのか悪いのか、年単位で、しかも一度ふられた・冷たくされた恋を結局実らせた経験が1度ならずあるものだから「恋愛ってそういうもの」ととらえてしまっている。どうやら世の中全く逆らしいのだけれど。そういう時に友人に聞かれるのが「なんで何年も好きでいられるの?」ということなのだけれど、私からするとこの質問が全く理解できない。というのも、好きになったものは仕方なくて、自分のすべてを捧げられる相手しか好きにならないからだ。だから私にとって、好きな人を忘れることは、その人に全て捧げる自分を今この瞬間の私自身から切り離していく、筆舌尽くせぬ痛みを伴う脱皮作業だ。実際に私も気になった人は何人かいる。だけど「ああ、本当に好きだなあ」って思えた人はほとんどいなくて、それがきっと上記の差になっている気がする。だって、痛くないのだもの。私からすると「私のすべてをあげてでも幸せになって欲しい人、そしてその手伝いがしたい人」が好きな人で、そのための行動・アプローチは私にとっても好きな人の幸せな姿が見られて幸福なので幸せの連鎖でしかないと思っている。それが「重い」と言われたら全てなのだけれど、それでもこの考えを改めることはできない。もう身に染みてしまっている。案の定、この話を深く語り合う友人には「それってあなた自身の身を削って、それは本当に幸せなの?」と聞かれる。確かに、生活を切り詰めるなどして犠牲を伴う「幸福」は、試練という名の自傷を都合よく自己解釈するための幻覚装置でしかない。私はこの地獄へのビロードの階段を徹底的に否定しよう。単純に「この程度のコストをペイするだけの価値がある」だけ。そして、そのコストのラインが自分の生活の最低限の範囲にまで縮こまっているだけなのだ。ただ、こういうことを考えるときに「その人の笑顔を見たい」が最初に来るのだけれど、これは実は非常に難しい。というのも、私と他人は所詮別の人だから、何がその人にとっての幸せかわからない。笑顔にするつもりができていないこともあるし、それを理解できないときには破局的な結末を迎えるしかない。私自身の失敗でもあるけど。だから、私は「悲しんでいるときに相手を笑顔にできること」を目標にしている。私の存在なんて、いつもは忘れてくれていい。水のように空気のようにいればいい。あ、これ別の曲だ(笑)だけど、一番つらいときに思い出してほしい。私という人間がいることを。そしてその時に二人で過ごして、笑顔になってくれたらいい。その時のために、私は全てを捧げよう。===========So, you don't have to worry, worry 守ってあげたい他には何一つできなくてもいいCause I love you,Cause I love youSo, you don't have to worry, worry 守ってあげたいあなたを苦しめる 全てのことからCause I love you,Cause I love you(「守ってあげたい」 作詞・作曲:松任谷由実)===========こんなにドンピシャな歌があるんだよね。守ることだけできればいい。好きだ好きだと叫ぶのもいいことだけど、守ってあげたい、と風のように伝えることでこんなに伝わる愛がある。どっちもすごくいいことだけど、今日は後者の気分かな。私は自分の気持ちを伝えるのが下手だ。私はどうしようもない陰キャだから、幸せを伝える言葉を多く持たない。だけど、私はどうしようもない陰キャだから、辛いことを一緒に泣くことはできる。辛いことを一緒に考えることはできる。辛いことを一緒に耐えることはできる。ずっと一緒にいたい人は、辛い時を一緒に乗り越えられる人。あの人にとってのソレが、私であればいいのだけれど。