車椅子のおじさんの小説668 | 車椅子のおじさんのブログ

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幸一郎くんがジャパンを間近で見る
 その2日後のさわやかな晴れの日、五郎はいつものように昼過ぎに病院に来て、駐車場から幸一郎くんの個室に向かった。
 幸一郎くんの個室の前で車椅子に乗っている幸一郎くんと山口が待っていた。
五郎 幸一郎くん、山口さん、こんにちは。
幸一郎くん こんにちは。
山口 五郎さん、こんにちは。
五郎 2人とも、どうして部屋の前にいるんですか?
山口 今日はさわやかに晴れて、幸一郎くんの体調が昨日とは違ってだいぶ良いから、五郎さんが「いいよ」と言ってくれたら、五郎さんの車をいっしょに見に行こうかなあと思っていますけど、どうですか?
五郎 もちろん、いいですよ。
 それを聞いた幸一郎くんは「そう言ってくれてありがとうね」と言いながら、最高の笑顔になった。
五郎 さあ、ジャパンの所に行こうか。
山口 行きましょう。
 山口はそう言って、幸一郎くんの車椅子を押しながら、五郎の跡に付いていった。
 5分ぐらいでジャパンの所に着いた。
 前輪がハンドルを右にいっぱいきった状態で止まっているジャパンを見た幸一郎くんは、小児ガンの患者だと思えないくらいの大きい声で一言叫んだ。
その時の幸一郎くんの叫び
 かっこいい。
 そんな幸一郎くんに五郎は声をこうかけた。
五郎 どうだ。俺の旅の相棒は、かっこいいだろう。
幸一郎くん うん。
 幸一郎くんは、メチャクチャうれしそうにそううなずいた。
 そして山口にこう頼んだ。
幸一郎くん 4つの丸いテールランプを見たいから、ジャパンの後ろの所に連れていってくれる。
山口 いいよ。
 山口はそう言って、幸一郎くんをジャパンの後ろの所に連れていってあげた。
ジャパンのテールランプを見た幸一郎くん この独特なテールランプこそがスカイファイターのシンボルで、メチャクチャかっこいいなあ。
五郎 テールランプが1番好き?
幸一郎くん うん。
 幸一郎くんは、最高にいい笑顔でそううなずいた。
五郎 そうか。スカイファイターは初代から現行の16代目まで4つの丸いテールランプを受け継いできて、スカイファイターの伝統になっているよ。
幸一郎くん そうなんだ。車の形をどんなに変えても、4つの丸いテールランプは意地でも変えないのが、ものすごくかっこいいなあと思うよ。小さいころに(赤い丸い所から何かがでている)と思い込んでいたよ。
五郎 そうか。
山口 私はバイクばかりで、車の事はあまりくわしくないけど、五郎さんの話を聞いて、意地でもテールランプを変えないスカイファイターは頑固にテールランプの伝統を守り続けるかっこいい車だなあと思えてきたわ。
 その時に、ジャパンの右側に止まっていた車が出ていった。
幸一郎くん テルミお姉さん、ジャパンのとなりに泊まっていた車が出ていったから、ジャパンの横を見たいなあ。
山口 わかったわ。ジャパンの横の所に連れていってあげるわ。
 山口はそう言って、幸一郎くんをジャパンの横の所に連れていってあげた。
 五郎も、その跡に付いていった。
ジャパンの横を見た幸一郎くん フェンダーから横にリアまで入ったゴールドラインが何とも言えないかっこ良さを感じるよ。
山口 私もそう思うわ。
五郎 スカイファイターでもジャパンの黒しかゴールドラインが入っていないよ。
幸一郎くん そうなんだ。
五郎 運転席を見たかったら、ドアを開けようか?
幸一郎くん うん、見たい。
 幸一郎くんは、目を輝かせてそう言った。
五郎 そうか。ドアを開けるよ。
 五郎はそう言って、ビニールレザーの黒いオーバーオールの内ポケットからカギを出して、運転席側のドアを開けた。
五郎 運転席だよ。
幸一郎くん ワー、これがジャパンの運転席か。スピードメーターの表示は、何キロまである?
五郎 このジャパンは、ぜんぜんまったく改造されていないやつだから、スピードメーターは180キロまで表示がないよ。
幸一郎くん なあーだ。ほんのちょっとがっかりしたなあ。
山口 もっと最高時速が速いジャパンがあるの?
幸一郎くん 昔のアクション系の刑事物で使われていたマシーンXは240キロだったみたいだよ。
五郎 そうだった。おじさんは、その刑事物を見ていたよ。たしかにマシーンXの最高時速が240キロだったなあ。
山口 私は若いからその刑事物は知らないけど、マシーンXはものすごいパトカーだったみたいね。
幸一郎くん そうだよ。インターネットでマシーンXの動画を見てくれば、そのすごさがわかるよ。
山口 時間があるときに見るわ。
五郎 ジャパンのエンジン音を聞きたい?
幸一郎くん 聞きたいよ。
五郎 山口さん、ここは病院の敷地内だけど、大きい音のジャパンのエンジンをかけてもいいですか?
山口 ここは病院の建物から少し離れた立体駐車場だから、5分ぐらいだったら、かけてもいいと思いますよ。
五郎 それじゃ、4.5分だけエンジンをかけてあげるよ。
幸一郎くん やった。
 幸一郎くんは、うれしそうにそう叫んだ。
山口 10日前に、総合エネルギーステーションからジャパンを追いかけて、追いついた時にスポーツカーらしいエンジン音がしていたわ。
幸一郎くん ワー、早く聞きたいなあ。
五郎 かけるよ。
 五郎はそう言って、カギをハンドルの近くのカギ穴に刺した。
 そうしたら、なんとなく狼の遠吠えのようなエンジン音が立体駐車場中に響いた。
幸一郎くん ものすごくかっこいいエンジン音だなあ。
山口 そうだね。
幸一郎くん できたら、回っているエンジンを見たいなあ。
 車椅子に乗っている幸一郎くんの目の高さでは、ジャパンのボンネットの中のエンジンは見えなかった。
五郎 それは、ちょっと無理だなあ。
 それを聞いた幸一郎くんは一時あきらめかけたけど、山口はこう言い出した。
山口 私が幸一郎くんを抱きかかえて、回っているエンジンを見せてあげるわ。
幸一郎くん テルミお姉さん、そう言ってくれてありがとうね。でも、本当にそんな事はできるの?
山口 できる自信は、あるわ。幸一郎くんは15歳としてはわりと小さくて軽いし、私と仲が良くてよく抱きかかえている小さい甥っ子が小さくて軽くてまるで幸一郎くんと同じ体形だから、自信があるわ。
幸一郎くん テルミお姉さんがそう言ってくれたから、そうしてもらおうかなあ。
五郎 それじゃ、俺がボンネットを開けたら、山口さんは幸一郎くんを抱きかかえて、エンジンを見せてください。
山口 わかりました。
 五郎はジャパンの前の方に行って、ボンネットを開けた。
 それを見た山口は、幸一郎くんの車椅子のシートベルトを外して、幸一郎くんを軽々と抱きかかえた。
山口 テルミお姉さんの抱っこは怖くない?
幸一郎くん ぜんぜん怖くないよ。僕を抱っこしてくれてありがとうね。
山口 どういたしまして。さあ、回っているエンジンを見に行こう。
幸一郎くん うん。ジャパンのエンジンが見える所に連れていってね。
 山口は幸一郎くんを抱っこして、ジャパンのエンジンが見える所に行った。
山口 ほら、回っているエンジンだよ。
幸一郎くん 回っているエンジンがまるで生き物のような気がするなあ。
山口 私もそんな気がするわ。
幸一郎くん 赤いカバーの所は、ターボでしょう?
五郎 そうだよ。だいぶ前に事情があって、古いポルシェのカエル型のノンターボとサーキットでレースをして、ゴールの直前でポルシェのカエル型を追い抜いて買ったよ。
幸一郎くん あのポルシェのカエル型に勝つなんて、この車はすごいなあ。
山口 私もそう思うわ。
五郎 相手もターボだったら、勝つかどうかはわからないよ。
 ジャパンの前で3人がそう話していたら、立体駐車場から見える病院の壁の時計の針が3時過ぎを指していた。
幸一郎くん テルミお姉さん、すごく疲れたよ。お部屋のベッドで寝たいよ。
山口 疲れたね。お部屋に連れていってあげるから、ぐっすりと寝な。
幸一郎くん うん。
 幸一郎くんは、だいぶ疲れた様子でそううなずいた。
 山口は、抱っこしていた幸一郎くんを車椅子に乗せて、個室に向かった。
 五郎は、その跡に付いていった。
 その途中で、幸一郎くんは寝てしまった。
 そんな幸一郎くんを見て、山口は五郎にこんな事を言った。
 幸一郎くんは、だいぶ弱まってきているわ。
 それは、どういう事ですか?
 入院したばかりごろの幸一郎くんは体力がまだあって、1日中車椅子に乗っていて外で活動していても平気だったけど、今日はたった1時間ぐらいの外の活動で疲れたという事は、がん細胞に体力を奪われてきている事になるわ。
 そういう事か。
 幸一郎くんの最期が近いかもしれないわ。
 俺はそう思いたくないから、幸一郎くんが奇跡の大逆転満塁ホームランをうつと信じたいです。
 私もそう信じたいです。
 2人がそう話しているうちに、幸一郎くんの個室に着いた。
 山口はリフトを使わないで、起こさないように幸一郎くんをそっと抱きかかえてベッドにうつした。
 その後、2人は個室に置いてあるソファーに座って、黙って幸一郎くんのかわいい寝顔を見ていた。