車椅子のおじさんの小説564 | 車椅子のおじさんのブログ

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 裕三郎に車椅子を押してもらいながら、希美女は中村雅俊の歌の「人の命は風任せ」を歌っていた。

 今の状況を表したような歌だなあ。

 そうでしょう、ママが中村雅俊が大好きで、よく中村雅俊のCDを聞いていたわ。私も聞いていて、中村雅俊が大好きになったわ。

 中村雅俊はメチャクチャかっこいいから、好きだなあ。

 「ふれあい」とか「心の色」も好きだけど、なんだか頭の中で中村雅俊がこの歌を歌っているから、歌い始めたわ。

 そうか。

 今朝、私を大人のおしゃれの姿にさせてくれたママが今はこの世にいない事がまさにこの歌の歌詞とおりだなあとつくづくそう思うわ。

 希美女にそう言われたら、俺も人の命は風任せだなあと思うよ。

 希美女と裕三郎がそう話していると、家に着いた。

裕三郎に玄関チャイムをならしてもらってマイクで父親に話しかける希美女 パパ、希美女が着いたよ。

スピーカーから聞こえる父親の声 わかったよ。すぐに玄関に行くよ。

 その1分後、父親は希美女たちを出迎えた。

裕三郎 家族水入らずの邪魔したくないから、これで俺は帰ります。

父親 希美女と物言わぬワイフだけではこの家が悲しい雰囲気に包まれてしまうから、何も予定がなかったら、いてほしい。

希美女 私も、ゆうちゃんにいてほしいわ。

裕三郎 親子でそう言われたら、このままいて、希美女がお母さんに話しかける様子を見ようかなあ。

希美女 ゆうちゃんもそうしてくれる。

裕三郎 うん、そうするよ。

 裕三郎はそう言って、希美女の車椅子のタイヤを雑巾で吹いて、希美女を玄関から上げた。

希美女 パパかゆうちゃん、私をママのとなりに寝かせてくれる。

父親 これからパパが晩ごはんを作るから、ママに添い寝してあげるのは晩ごはんの後にしな。

希美女 だって、ママが突然死んだから、何も食べる気にあまりしないわ。

父親 希美女の気持ちはよくわかるけど、希美女は緊張が強くて体力が必要だから、食べた方がいいとパパは思うよ。

裕三郎 医者である俺も、お父さんの言う通りだと思うよ。

希美女 そう言えば、ゆうちゃんはお医者さまだね。パパとお医者さまの言う事を聞くわ。

裕三郎 もしかしたら、俺が医者である事をきれいに忘れていたのか?

希美女 そうだよ。ちょっと忘れていて、ごめんね。

裕三郎 俺は見かけが医者にはとても見えないから、希美女が一時忘れるのは、まあしょうがないなあ。

父親 それは置いていて、希美女が晩ごはんを食べる気になってくれて、よかった。さあ、パパは晩ごはんを作るから、待っていてね。

希美女 できるだけ早くママに添い寝してあげたいから、できるだけ早く作ってね。

父親 かわいいかわいいお嬢さま、わかりました。

 父親はそう言って、台所に晩ごはんを作りに行った。

 ゆうちゃん、ママの近くに連れていってくれる。

 わかったよ。

 裕三郎はそう言って、希美女を父親が母親を寝かせた所に連れていってあげた。

 連れていってもらった希美女は、車椅子に乗ったままで話しかけた。

希美女の話しかけの内容

 ママを見落としていて、ごめんね。

 パパが作ってくれる晩ごはんを食べたら、ママに添い寝してあげるね。

 希美女が物言わぬ母親に話しかけるのを裕三郎は部屋の外から黙って見ていた。

 希美女が母親を見下ろして話しかけ始めて30分後、父親が希美女たちに声をかけた。

父親 おーい、晩ごはんができたから、リビングに食べにおいで。

希美女 わかったわ。

裕三郎 行きます。

 裕三郎はそう言って、希美女の車椅子を押して、リビングに行った。

 リビングのテーブルには、豚骨スープを使ったチャーシューがたくさん入ったスープごはんとツナサラダが並んでいた。

父親 パパは葬儀社に電話するから、裕三郎くんに食べさせてもらいな。

 父親はそう言って、電話台の所に行った。

 希美女は裕三郎の介助で食べ始めた。いつもはおしゃべりを楽しみながら食べているけど、その日は何も言わないでもくもくと食べていた。

 裕三郎は、そんな希美女に声をかけた。

 いつもはおしゃべりをしながら食べているけど、やっぱりこんな状況だから、おしゃべりをする気になれないか?

 そうだよ。

 だいぶ前に、お母さんに「きみちゃんは私が大好きな赤毛のアンみたいに、少し重い言語障害があるのによくおしゃべりをするからいいなあ」と聞いたから、希美女のおしゃべりをしないと、天国にいるお母さんが(きみちゃん、いつもとは違ってあまりおしゃべりをしないけど、どうしたかしら?)と心配するよ。

 だって、つい3時間ぐらい前に母親が急死したのに、ごはんを食べながらおしゃべりをする女なんていないでしょう。

 そう言われれば、そうだなあ。

 できるだけ早くママに添い寝してあげたいから、早く食べさせてくれる。

 希美女の気持ちがよくわかるけど、医者の立場で言えば食事はゆっくりとしなければいけないなあ。特に、脳性マヒの希美女は誤嚥性する可能性があるから、早く食べてはいけないなあ。

 わかったわ。しょうがなく0歳からの恋人でお医者さまの言う事を聞くわ。

 希美女は、仕方なく裕三郎の言う通りに、晩ごはんをゆっくりと食べた。

 希美女と裕三郎が食べ終わったころに、父親がリビングに戻ってきた。

父親 葬儀社に連絡してきたよ。

希美女 通夜は明日の夜なの?

父親 そうだよ。希美女にお願いがあるよ。

希美女 なーに?

 希美女は、かわいくそう聞いた。

父親 明日の昼から葬儀社の人たちがママをひつぎに入れて葬儀会館に運ぶみたいで、明日の夜はママに添い寝してあげなくなっちゃったから、今夜希美女が寝たら、ママに添い寝してあげてもいいかなあ?

希美女 今夜は寝ないで、一晩中ママを一人占めにして、ママに話しかけようと思っていたのになあ。

裕三郎 花家のいい娘だったら、お父さんのお願い事を聞いてあげたら、どうか?

希美女 しょうがないね。それじゃ、私が寝てしまったらパパがママに添い寝してあげる番だからね。

父親 わかったよ。

希美女 それじゃ、私をママのとなりに寝かせてくれる。

裕三郎 それじゃ、俺がお母さんのとなりに寝かせてあげるよ。

 裕三郎はそう言って、希美女の車椅子を押して、希美女の部屋に行った。

 父親は、食器をワゴンに乗せて、台所に洗い物をやりに行った。

 部屋で裕三郎は希美女を母親のとなりに寝かせてあげた。