MOONEYES が開催する Car Show & Swapmeet、 MOONEYES Street Car Nationals® 

が5月11日に東京・青海パーキングお台場で開催されました!

カスタムされたUSA, Domestic,& VW  Car が集結!

自身も所有する 米国製のポンコツ車にポリッシャーとワックスで綺麗に仕上げてエントリー、なんとか無事に行ってまいりました

会場に到着すると、すでに 1,000台以上のカスタマイズされた車が集まっていまた。

何を語るより 目に留まったカスタムカーたちを見ていきましょう

エントリーの受付を済ませに向かう途中目に入ったのは

Chevrolet Vega Wagon 1972

Chevrolet Vega Wagon 1972 

 

富士スピードウェイで行われた AMEFES 2024 のドラッグレースの競技後、

エンジンから出火してしまい 消火器のお世話になってしまった車両です

見事に復活していました

 

Chevrolet 1950

Chevrolet 1950

Rat Fink のアンテナ トッパー

Rat Fink アンテナ トッパー

ジャックライダー

ジャックライダー

パンプキン感が出てます

 

4代目のCROWN 1973(通称クジラ)

エンジンフード先端形状の見切りの悪さから タクシードライバーに嫌われていたようです

 

上と同じく 4代目のCROWN

フロント周りとチョップトップにより 別車両のようです

 

 

Dodge Monaco 1974

ジェイクとエルウッドが乗っていた

あのBlues Mobileですね

 

Chevrolet Bel Air 1956

Chevrolet Bel Air 1956

 

Buick 1958

 

Buick 1958

 

 

アメ車の魅力は鰐の様だったり、提灯アンコウのようなグロテスクな顔だちですが

後ろ姿も最高なんです。

Buick Roadmaster 1954

 

Chevrolet Impala 1958

 

Ford 1937

Ford 1937

 

 

 

Chevrolet Corvette 1958

エルビスのマスコットが良いですね

Chevrolet Bel Air 1955

 

Ford Thunderbird 1956

Ford Thunderbird 1955

 

どこを見ても素晴らしい車達でいっぱいでした。

 

せっかくなので この後は、ムーンアイズエリア1に行くとしますか。

 
 

COOLSのリーダー佐藤秀光氏が2025年3月17日 死去しました.享年73才でした。

謹んでお悔やみ申し上げます。

COOLSのリーダー佐藤秀光氏が2025年3月17日 死去しました.享年73才でした
 
えっ 秀光が亡くなったって? 耳を、目を疑った。

昨年の10月アメフェスで見たヒデミツさんは元気だった。

冗談を交えながらCOOLS 50周年を示唆していた。

あれから 5ヶ月で 状況が一変してしまった。バイクチーム“クールス”の発起人的存在の氏がっ・・・   亡くなってしまったという事は、非常に残念でならない。

COOLSには様々な魅力があり、それぞれのファンが、そして それぞれの見方があると思うが

僕は、とりわけ ロックンロールバンドとしての COOLS が好きだ。

何と言ってもそのビジュアルは最高じゃないか。

音楽以外でも存分に楽しませてくれた。

 

 

ジャケ買いした BROTHER 達も多いはず

バンド結成以来 メンバーの背中を見つめながらドラムを叩いていた秀光

今、頭をよぎる曲は Basement Rock'n Roll Club (Good Fellows1993年8月発表)

地下のロックンロールクラブ としてPHANTOM (HIDEMITSU with MARCY)でもアンサーソングのような形で発表していた曲だ   ハングリーゴッドも病には勝てなかったのか・・

 

 

2016年11月3日 富士スピードウエイで行われたスーパーアメリカンフェスティバルの演奏の終わりに、

秀光さんが投げたドラムスティックを、

今日は、星条旗を三角折りにして追悼します。

 

 

追悼の意を込めてスピード感あふれるロックンロール”笑わせるぜ” をユーチューブにアップしました。

キャプチャーには秀光の死を表現する文字は使わなかった。  使いたくなかったからだ。

秀光の魂はファンと共にあると信じている!

Rock 'n roll is here to stay, it will never die!!

 

 

 

ご生前のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。

 

 

追記

ロカビリー界を牽引している KING オーナーの正木さん

https://the-king.jp/hp634.html こちらの文末で

~お悔み~ として コメントを残しています。

1981年~1983年COOLSのボーカルを務めたCRAZY KEN BANDの横山剣氏

3月29日放送の

クレイジーケンバンド ラジオショウ HONMOKU RED HOT STREET(ホンモク レッド ホット ストリート)のなかで

横山剣音楽事務所付属自動車倶楽部がお届けする「MIDNIGHT CRUISER」から

1965年モデルのFORD MUSTANGの話を交えて

ガソリンがある限り/COOLS HIDEMITSU WITH HUNGRYを

佐藤秀光さんとの思い出の曲と題し

彼女はダイナマイト/COOLS

カリフォルニア・ブルースカイ/COOLS R.C.

ひび割れたグラス/COOLS R.C.

をオンエアー 秀光さんを偲んでいました。

The Moon Dogsのボーカル井倉 光一氏

4月5日放送Adult Nostalgic Radioshow ~ANR大人の秘密基地の中で

紫のハイウェイ/COOLS

バースデイ/COOLS R.C

恋のテディー・ボーイ/COOLS

Mr.ハーレー・ダビッドソン/COOLS

をオンエアー

自身のアルバイト先に秀光さんがハーレーでガソリンを入れに来た時のエピソードなどCOOLSとの思い出を話しながら秀光さんを偲んでいました。

 

 

COOLSのリーダー佐藤秀光氏が2025年3月17日 死去しました.享年73才でした。

謹んでお悔やみ申し上げます。

COOLSのリーダー佐藤秀光氏が2025年3月17日 死去しました.享年73才でした

 

えっ 秀光が亡くなったって? 耳を、目を疑った。

昨年の10月アメフェスで見たヒデミツさんは元気だった。

冗談を交えながらCOOLS 50周年を示唆していた。

あれから 5ヶ月で 状況が一変してしまった。バイクチーム“クールス”の発起人的存在の氏が

亡くなってしまったという事は、非常に残念でならない。

COOLSには様々な魅力があり、それぞれのファンが、そして それぞれの見方があると思うが

僕は、とりわけ ロックンロールバンドとしての COOLS が好きだ。

何と言ってもそのビジュアルは最高じゃないか。

音楽以外でも存分に楽しませてくれた。

 

 

 

 

ジャケ買いした BROTHER 達も多いはず

バンド結成以来 メンバーの背中を見つめながらドラムを叩いていた秀光

今、頭をよぎる曲は Basement Rock'n Roll Club (Good Fellows1993年8月発表)

地下のロックンロールクラブ としてPHANTOM (HIDEMITSU with MARCY)でもアンサーソングのような形で発表していた曲だ   ハングリーゴッドも病には勝てなかったのか・・

 

 

 

COOLS スーパーアメリカンフェスティバル

2016年11月3日 富士スピードウエイで行われたスーパーアメリカンフェスティバルの演奏の終わりに、

秀光さんが投げたドラムスティックを、今日は、星条旗を三角折りにして追悼します。

追悼の意を込めてスピード感あふれるロックンロール”笑わせるぜ” をユーチューブにアップしました。

キャプチャーには秀光の死を表現する文字は使わなかった。  使いたくなかったからだ。

秀光の魂はファンと共にあると信じている!

Rock 'n roll is here to stay, it will never die!!

 

ご生前のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。

 

 

追記

●ロカビリー界を牽引している KING オーナーの正木さんも

https://the-king.jp/hp634.html こちらの文末で

~お悔み~ として コメントを残しています

 

●1981年~1983年COOLSのボーカルを務めたCRAZY KEN BANDの横山剣氏は

3月29日放送の

クレイジーケンバンド ラジオショウ HONMOKU RED HOT STREET(ホンモク レッド ホット ストリート)のなかで

横山剣音楽事務所付属自動車倶楽部がお届けする「MIDNIGHT CRUISER」から

1965年モデルのFORD MUSTANGの話を交えて

ガソリンがある限り/COOLS HIDEMITSU WITH HUNGRYを

佐藤秀光さんとの思い出の曲と題し

彼女はダイナマイト/COOLS

カリフォルニア・ブルースカイ/COOLS R.C.

ひび割れたグラス/COOLS R.C.

をオンエアー 秀光さんを偲んでいました。

 

●The Moon Dogsのボーカル井倉 光一氏も

4月5日放送Adult Nostalgic Radioshow ~ANR大人の秘密基地の中で

紫のハイウェイ/COOLS

バースデイ/COOLS R.C

恋のテディー・ボーイ/COOLS

Mr.ハーレー・ダビッドソン/COOLS

をオンエアー

自身のアルバイト先に秀光さんがハーレーでガソリンを入れに来た時のエピソードなどCOOLSとの思い出を話しながら秀光さんを偲んでいました。

あけましておめでとうございます。

 

まぁ~日本の年末年始は忙しい事だらけですねっ、  クリスマス飾りを外したと思ったら 今度は正月飾り

鏡餅を神棚に備えたら その後は年越しそば 元日は取りあえず、お酒  そして年始の挨拶・・・

 

飲み過ぎで胃が痛い。  totemo 痛い。 tonikaku 痛い。

 

痛みが やっと治まって 今日はなんとか七草粥が食べられる様になりました。

皆さん、無事に年越し出来ましたか?

 

今年は巳年(蛇)です、  蛇といえば。50’60’をイメージした

ロックンロールショップの老舗”

泣く子も黙る ご存じ

東京ペパーミントです

東京ペパーミント ブランドマーク・TOKYO PEPPERMINTO BRAND MARK

 

今年もロックンロールな気持ちで駆け抜けます!!!

皆さん、本年もどうぞよろしくお願いします。

スーパーアメリカンフェスティバルの当日10月20日は

晩秋なのか初冬なのか、 風も強くけっこう冷えてました。

前記事でのホワードルックの謎も解け、 異常な暑さの夏も何とか乗り切りましたが

「百聞は一見に如かず」 と言いますように,、

ホワードルックの車たちを、この眼で確認せねばと思い 湾岸線をぶっ飛ばして  今年もスーパーアメリカンフェスティバルにやってまいりました。

会場のゲートを抜けると左前方に1957年のプリムスと1959年のダッジが存在感をアピールしていました、

2台ともこの界隈のカーコンテストでは常連の車両ですが

2台同時に見られるとは LUCKY DAY 

ずらりと並んだアメリカンドリームカーをかき分けて僕のつま先は当然その方向へ向かいます

1957年のプリムスと1959年のダッジ

車両の近くにプリムスのオーナーを発見! はやる気持ちを抑えてホワードルックについてのお話を伺いました

「ボディーにはホワードルックのエンブレムのエンブレムは無いけど

後部座席に有るよっ」

後部座席の背もたれ中央にピカピカのエンブレムが誇らしげに輝きを放っていました

また純正ではないそうですが フロアーマットにもホワードルックのマークがありました

「乗ってみる?」  お言葉に甘えて

ホワードルックのマークを踏みしめさせていただきました。

 

横に並んだダッジにはホワードルックのマークを確認できませんでしたが

ダッジはピンクに黒(通称ピン黒)プリムスは赤にゴールドのライン 

2台とも ピカピカで 大切にしている様子がうかがえました。

天気が良い日に限るが 普段乗りしているとの事です。

アメ車乗りは リーゼント・髭・タトゥー有リだったり イカツイ外見がありますが

このようにとても親切な人ばかりです。

プリムス・ダッジのオーナーさん本当にありがとうございました。

 

そしてアメフェスもう一つの華 LIVEステージを見ていた時に ナッソージャケットを着こなす男の姿が ・・・

Kingの正木社長の姿が見えました    腰の痛みを押して来ていたようです

LIVEステージがWanderersで大盛り上がりの時 僕の後方にいたとは知りませんでした  

ここで確認できました ➡ https://the-king.jp/hp624.html

 

そしてLIVEも大詰め MrFRANK,(COOLS)の歌唱の最後には

Mr.HIDEMITSU,(COOLS)が登場

Mr.HIDEMITSU, MrFRANK,&Wanderersシンデレラを披露しました。

来年は頑張るとHIDEMITSUさんが言ってました。

 

 

大きな収獲があったスーパーアメリカンフェスティバルでした

年内はこれで の・り・き・り・ま・す。