府中駅から府中の森公園まで歩く、百円で乗れる巡回バスは30分毎なので待っている間に美術館には到着しそうなので場所の確認もちゃんとしないままいつものように歩き出す、駅前のロータリーから府中街道を横断して真っ直ぐ住宅街を進み桜並木の続く公園通りに出る、桜はまだ一分咲という感じで週末の花見にも早そう、府中公園の指示看板に左折する交差点には石屋の庭に木蓮と沈丁花はもうすぐ盛りも終わり、公園には春休みの小学生の叫声と犬の散歩に初老のジョガー、案内図にはまるで美術館の文字は無く、来た道を戻り標にまた来た道を戻され距離の長さを知り次の標をまた探す、歩く方向は間違いなく進めば新たな標に従い、T字路に差し掛かり再び道に迷う、なんとなく左折し、対岸の家々の屋根向こうに木々の頭を見て材木店の忙しそうな倉庫を左右に道を抜ければ府中の森公園、芝の広場には気の早い若い主婦たちの花見に道を塞ぐ自転車。




真偽不明、いやほぼ偽なのに何故か本物らしく思えてしまう友人からの指名手配写真と罪名をつけられたその知人に確認メールを送ると返事は無く、さらに信憑性は怪しいのに何故か気になってまさかと思いながら送り付けてきた友人にはなんだか色々考えて確認出来ず、案外こういう感じで噂や誤報は伝わっていくんじゃないのかなどと考えながら一方でそれに乗っかり真実だったらどうしようなどと面白がっているのはきっと不謹慎なのだろう、真実はひとつしかないはずなのに。
大橋ジャンクションを歩く、当日は小雨に雪を降らそうかという寒さ、出掛けるのに躊躇しかかりながらもめったに歩けない場所、行かないのも勿体ないと思い直し一路池尻大橋へ、駅の改札からこの天候にも関わらずかなりの人手、帰りの切符購入を勧める駅員のアナウンスにパスモ全盛の昨今、券売機に並ぶ列も無く、会場への人波について歩けるくらいはっきり列がこちらには階段に出来ていて歩道には会場を示す看板も出ている、親子連れとカップルが大半を占めていて安い休みを過ごすのはなにも自分だけではないのだなあなどと感心した目の前には巨大な円筒形の建造物、周囲はまだ工事の名残か雑然としていて飾りのないゴシック文字で会場入口とA3サイズの紙にコピーされた貼り紙だけが出ている工事車両用入口(開通後は緊急の出入口)で記念品を渡され円筒形の中へ入る、かなり広い4車線の道を左回りの坂を上がっていくと似つかわしくないイルミネーション、施工の方法や緊急車両、安全対策の展示とジャンクションを歩きながら親しめる、参加者は思い思いにそれぞれの展示を楽しみ一時を過ごす、この建造物が動きだすのも間もなくだ。
4年前に結果を知る事は出来ず、4年後の結果を知る事もまた無い、たとえ理由をつけたり言い訳を考えたところで現時点どう変わるわけでなくそれぞれの想いだけがトリノからバンクーバーそしてソチへ続く美しく、力強い銀盤彼ら彼女の滑りは清々しく進む。
電車のベンチシートに座ると気持ち良く寝てしまう、ベッドより起きた時にはるかにスッキリしていて、ずっと乗り続けていたいと思いながら、それはそれで座ったままだと首やら肩から腰にいたるしんどさに参ってしまうに違いない、ほどほどのスッキリ感こそベンチシート転た寝の心地よさに電車に揺られまた眠くなったら思うのだ。