黄色と黒のコーヒーショップの眺め駅から途切れることのない人波をぼんやり眺めていると隣に座る男性が低く独り言を鼻唄の如く唸っているのに気付き、そう言えばアナログ放送でオリンピックを見るのも最後、カーリング代表のクリスタルジャパンのクリスタルはあんまり強そうには思えないなあなどととりとめなくぼんやり考えていると死への不安は不思議な事にあまり感じなくなり、少なくとも明日する事くらいは相変わらず独り言を唸り続ける男性ぐらいにはちゃんとしようという気分ににはなる。
とりとめの無い読書をファストフード店でしていると、黄色いお揃いトレーナーにおさげ髪の双子の女の子と老夫婦に学生には歳のいった男性、営業回りらしきノートPCを使う男性にフリーペーパーの求職欄を何冊も見て疲れたようにテーブルに突っ伏す茶髪の女性、携帯を見せ合い回りも気にせず矯声をあげる女子高生のグループの同じ空間に存在する自分になぜか春の気配を感じた時に、今日も我が町に夕暮れ時は当たり前のように訪れる。
感情的に泣くことなど最近無い代わりに、ほぼ自動的にどうしても泣いてしまう物語があったりして、トイ・ストーリー2のジェシーとエミリーの別れとワンピースのゴーイングメリー号との別れにはこらえようにもこらえられないない何か不思議な力によって涙をこぼしてしまう、トイ・ストーリー3の予告でアンディとウッディの別れがいよいよくるのかと思うともう予告を観ただけでじわっときてしまい泣くのは間違いない、でもそれ以上に朝一番から映画館に来ていたカップルの多さと男子中学生や女子中学生のグループが楽しそうだったのにちょっと感動したりする。
いきなり春の空気になり、遊歩道の街路樹たちはビックリして固かった新芽を間違えて芽吹かせたりはしないのだろうかと上着を脱ぎながらベンチに腰掛ける孫たちと叔母の会話も心地好く重ねていつものようにあと数回繰り返す寒暖に冬の寒さの厳しさあってのものなのだと改めておもうのだ。