私の家族には、少しだけ特別なつながりがある。
私が生まれたとき、母の母──つまり私の祖母──はすでに亡くなっていた。
けれど祖母の妹がすぐ隣に住んでいて、母にとっては実の母のような存在だった。
母は一人っ子だったが、祖母の妹の子どもたち(私は叔父・叔母と呼んでいる)が暮らしていて、母は彼らと兄弟のように育った。
その関係は私にも受け継がれ、叔父や叔母の子どもたちは、いとこ以上に“兄弟”に近い存在だった。
そんな、血よりも暮らしの時間で結ばれた家族の中心に、祖母の妹がいた。
私が祖母と呼んでいたその人の最期を、私は長いあいだ「空腹との戦い」だと思っていた。
祖母は病院で過ごしていた。
体力、筋力ともに衰え、骨粗しょう症になっていたため寝たきりだった。
その上飲み込みがうまくいかないこともあり、食事は禁止され点滴で命をつないでいた。
ある日お見舞いに行ったら
「大福を買ってきてほしい。」
というので、買いに行こうとしたところを看護師に止められた。
「のどに詰まらせるので、食べさせないでください」
「ヤクルトを買ってきてほしい」
というので、ヤクルトなら詰まらせないだろうと買いに行こうとしたところ、
またしても看護師に止められた。
ヤクルトも危険らしい。
詰まらせてしまったら本当に危ないらしい。
もう寝がえりをうつことも難しく、
何もすることがない中で意識だけがはっきりしていてずっとおなかがすいている状態なのだ。
どれだけ長い時間、そうやって過ごしているのだろうと思うと心が苦しくなった。
もがくこともできないでただずっと空腹なのだ。
心が重かった。
自分の最後もそうならないとは限らない。
祖母が亡くなって葬式で兄弟従妹たちが集まった時、今のうちに臨終の際の約束を取り付けておこうと思った。
私:「私はこの中で一番年上だから、順番に行くと、一番先に死ぬと思う。もし、私が病院で祖母のようになったら看護師がなんて言おうと大福を買ってきてほしい。」
最初は冗談だと思ったらしくみんな笑っていたが、私は本気だった。
私:「喉に詰まらせるかもなんて心配はしなくてもいいから。そうなっても絶対恨まないから。飢えで苦しむくらいなら詰まらせて死んだほうがずっとましだから、絶対買ってきて。お願いね!!」
兄弟従妹:「う、ううん…。息子に頼んだら?」
私:「え…。」
そうだよね。私だってこっそり買っていくこともできなかったんだもの。
たぶん、誰も買えない。
そんなことしたら病院に多大な迷惑がかかってしまう。
「空腹と戦いながら、ただ点滴でつながれていく時間」と
「好きなものを口にして、満たされた気持ちで終わる時間」
どちらが幸せかと問われたら、そりゃ後者でしょう。
ただ、医療の現場では
「誤嚥の危険」
「延命治療の方針」
「責任の所在」
など、制度や安全のためのルールが優先される。
医療のルールは「安全」を守るために必要。
ただ個人の幸福と同時に成立しないのだ。
医療のルールも食べさせたいという気持ちも優しさから生まれたものなのに。
誰も悪くないのに、誰も救えない。
この気持ちを言葉で表すと やるせない? どうしようもない? 人間の限界?
医療は安全を守るための必要なルールだが
“個人の小さな幸福”までは救えない制度の限界。
いくら家族でも叶えられない願いがある。
これは怒りではなく、ただどうしようもない家族の限界。
食べたいのに食べられない。生きたいのに生きられないという身体の限界。
誰も悪くないのに、誰も救えない。
そのやるせなさを抱えながら生きていかねばならない心の限界。
祖母の仏壇に供えようと大福を買っていったら、すでに大福がいくつか供えられてあった。
みんなに同じことを言っていたんだね。
今でも時々祖母の夢を見る。
その夢は私たち兄弟は学生で、家族みんなでご飯を食べている夢だ。
夏休みは東京に住んでいる叔母家族も集まって、みんなで旅行に行ったり、家の前でバーベキューをしたりとみんなでご飯を食べる機会があって楽しかったな。
もしかしたら、あの時祖母はおなかがすいていなかったかもしれない。
ただ、一緒にご飯が食べたかっただけなのかも。