『太平記』によりますと、正行は、吉野の後醍醐天皇の墓前で命をなげうつと誓い、吉野・如意輪堂の壁板にもその覚悟を示す歌を書き記したといいます。
父正成が死を覚悟した「桜井の別れ」に似る話で、『太平記』の創作だと考えられますが、北朝軍の大軍を相手に正行が死を覚悟したのは事実でしょう。
こうして河内国四条畷で両軍が激突します。
正行は一時、北朝軍の本営に肉薄し、大将の高師直は上山六郎左衛門という武士に身代わりをさせ、難を逃れたといいます。
しかし、正行はやがて力尽きて討ち死にします。
北朝ではほっと胸を撫でおろしますが、師直が直義を出し抜く形で勝利をおさめたことで両者の対立はより激化します。
そうしてジリ貧だった南朝が息を吹き返すのですから、正行は死後も南朝に尽くしたことになります。
そんな彼に、足利義詮が敵ながら羨望の眼差しを送り、記事冒頭のような話が生まれたのかもしれません。
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