坂口安吾
堕落論やFARCEについてを読んでからずいぶんになる。のでというわけでもないけれど
安吾せんせーの作品を読んでコマソウといつもの図書館へ行ってみるもたった一冊しか
見つからなかった。短編集だ。
ほんとを言うと『信長』を読みたかった。
ご本人も書いてはりますけれど、坂口さんは相当ヒネクレテいるというのか
自然に滲み出る人間のアウトロー部分を愛しているというのか、まー個人主義がどうした
こうしたと言いながらその他と同じでなければハミダシ者にされてしまう現代社会においては
否と一蹴されかねない思考の持ち主なんじゃなかろーかと思われる。僕はかなり好きだ。
相当好きだ。非常に好きである。ロックだ。
と、それはいいとして、消毒液にまみれてしまって人の臭いがしない面白みおよび
真実味のないどこぞの誰それが書くソレとは大いに違う坂口さんの一般的に忌避される
キタナイ部分を分析理解し簡潔に文章にしてしまう腕をもってして書かれた信長とは
いったいぜんたいどんなだろーかという興味は実にこれ深いのであります。
読んだ人は是非感想を聞かせてください。
僕はとりあえずかりたやつ読んで、終わったら『信長』探しのたびに出ます。
出んか。
安吾せんせーの作品を読んでコマソウといつもの図書館へ行ってみるもたった一冊しか
見つからなかった。短編集だ。
ほんとを言うと『信長』を読みたかった。
ご本人も書いてはりますけれど、坂口さんは相当ヒネクレテいるというのか
自然に滲み出る人間のアウトロー部分を愛しているというのか、まー個人主義がどうした
こうしたと言いながらその他と同じでなければハミダシ者にされてしまう現代社会においては
否と一蹴されかねない思考の持ち主なんじゃなかろーかと思われる。僕はかなり好きだ。
相当好きだ。非常に好きである。ロックだ。
と、それはいいとして、消毒液にまみれてしまって人の臭いがしない面白みおよび
真実味のないどこぞの誰それが書くソレとは大いに違う坂口さんの一般的に忌避される
キタナイ部分を分析理解し簡潔に文章にしてしまう腕をもってして書かれた信長とは
いったいぜんたいどんなだろーかという興味は実にこれ深いのであります。
読んだ人は是非感想を聞かせてください。
僕はとりあえずかりたやつ読んで、終わったら『信長』探しのたびに出ます。
出んか。
今さらホラー
あれは高校生の夏休みだったか。時間をもてあましたクソガキというのはろくな事を
考えないもので、ご多分に漏れず僕らもウヒウヒ邪悪な笑いを撒き散らしながら何か
面白いことを探していた。僕の地元は結構な田舎で自転車に乗って10分も走れば
充分に人気のない山へ入ることができる。日中であれば木漏れ日が美しいだの風に揺れる
木々の枝の音がどうので「風光明媚よのう」と悦に入ることもできるけど、
夜となれば闇である。
闇といったって街灯とかあるっしょというのは甘い。そんなもんはまー住宅地付近には
あるか知らんが山の中の道にはない。あるとこもあるけど。
それはともかく、昼間ウヒウヒしていた僕らはその夜になれば真っ暗になるであろう
山の中の道で階段を見つけた。道というのは結構立派な道で多分あれは県道だったと思うが、
しっかり舗装された二車線の道路で左右に分け入れば山中といった具合で階段は正にその山中へ
と続いていた。「一体全体こんなところに突然山中へ入る階段があるとは奇態な。
これは是非とも登って何があるか確認せんといかん!」と相成って登ってみると
そこには忠魂碑があった。昔結核の隔離病棟があっただのなんだのと不確かな
情報を後ほど得たけどまーうわさに過ぎず、刻まれていた文字も判別しにくかったし
特に読んでこまそうとも思ってなかったので何の忠魂碑かはわからん。
とにかく昼日中にのそのそ階段を登り忠魂碑があることを確認し、わざわざ
夜中にもう一度来ようと計画したのであった。完全な阿呆である。
僕はこのとき生まれて初めてケッタイナ経験をした。はたしてそれが心霊現象なのか
どうなのかは知らんけど何と言うのか普通じゃない状態に極々わずかな時間ではあるけど
陥ったのであります。ん?これって前書いたかな。
例の階段前に午前零時ごろに到着。懐中電灯を手にやはりウヒウヒしていた僕らは
昼間にも来ていたもののその雰囲気の変わりようにまずビビッた。先にも書いたけど
電灯など皆無で懐中電灯を消せば文字通り闇。なーんもみえんのであります。
「いいじゃないかいいじゃないか。これでこそ肝試しというものよウヒウヒ。
君先に行きたまへよ。」と友人をそそのかし、後に続くワタシ。
階段はそんなに長くはなかったと思うけど途中で九十度に曲がっており、照らせども
その先は当然見えない。で、その折曲がるところまで来たときである。
何かが僕の頭に当たり、その瞬間視界が真っ白になり、膝の力が抜け、
電車の中で立ちながら寝てしまったときのようにガクリとなったのである。
その間一秒にも満たないわずかな瞬間的事件であります。
恐怖はなく、「何だ今のは???」というのがまず第一の感想。
次いで「ひょっとしてこれは警告か???」という想像による恐怖の芽生え。
あとは一人歩き。脳内で爆発的に増殖した恐怖はみるみるうちに身体を蝕み、
足は180度回転しスタコラト来た道を戻ったのでありました。
この話しを人にするとき、頭に何かが当たったではどうにもイメージが上手く
伝わらないのでどんな感じかを想像しやすいように考えたあげく導き出したのは
"誰かに髪の分け目のところを軽くチョプされた感じ"である。
もうなんてーのかコワクナイ。でも実際これがもっとも近い表現だと思うんだな。
まーそれはともかく、僕の前を歩いていた友人は突然「俺帰るわー」と後ろから
言われてナンデナンデ???となったんだろうと思う。ごめんな。
幸いなのか勘違いなのかなんなのか判然としませんがこれが僕の唯一の
不思議体験でした。うひうひ。
考えないもので、ご多分に漏れず僕らもウヒウヒ邪悪な笑いを撒き散らしながら何か
面白いことを探していた。僕の地元は結構な田舎で自転車に乗って10分も走れば
充分に人気のない山へ入ることができる。日中であれば木漏れ日が美しいだの風に揺れる
木々の枝の音がどうので「風光明媚よのう」と悦に入ることもできるけど、
夜となれば闇である。
闇といったって街灯とかあるっしょというのは甘い。そんなもんはまー住宅地付近には
あるか知らんが山の中の道にはない。あるとこもあるけど。
それはともかく、昼間ウヒウヒしていた僕らはその夜になれば真っ暗になるであろう
山の中の道で階段を見つけた。道というのは結構立派な道で多分あれは県道だったと思うが、
しっかり舗装された二車線の道路で左右に分け入れば山中といった具合で階段は正にその山中へ
と続いていた。「一体全体こんなところに突然山中へ入る階段があるとは奇態な。
これは是非とも登って何があるか確認せんといかん!」と相成って登ってみると
そこには忠魂碑があった。昔結核の隔離病棟があっただのなんだのと不確かな
情報を後ほど得たけどまーうわさに過ぎず、刻まれていた文字も判別しにくかったし
特に読んでこまそうとも思ってなかったので何の忠魂碑かはわからん。
とにかく昼日中にのそのそ階段を登り忠魂碑があることを確認し、わざわざ
夜中にもう一度来ようと計画したのであった。完全な阿呆である。
僕はこのとき生まれて初めてケッタイナ経験をした。はたしてそれが心霊現象なのか
どうなのかは知らんけど何と言うのか普通じゃない状態に極々わずかな時間ではあるけど
陥ったのであります。ん?これって前書いたかな。
例の階段前に午前零時ごろに到着。懐中電灯を手にやはりウヒウヒしていた僕らは
昼間にも来ていたもののその雰囲気の変わりようにまずビビッた。先にも書いたけど
電灯など皆無で懐中電灯を消せば文字通り闇。なーんもみえんのであります。
「いいじゃないかいいじゃないか。これでこそ肝試しというものよウヒウヒ。
君先に行きたまへよ。」と友人をそそのかし、後に続くワタシ。
階段はそんなに長くはなかったと思うけど途中で九十度に曲がっており、照らせども
その先は当然見えない。で、その折曲がるところまで来たときである。
何かが僕の頭に当たり、その瞬間視界が真っ白になり、膝の力が抜け、
電車の中で立ちながら寝てしまったときのようにガクリとなったのである。
その間一秒にも満たないわずかな瞬間的事件であります。
恐怖はなく、「何だ今のは???」というのがまず第一の感想。
次いで「ひょっとしてこれは警告か???」という想像による恐怖の芽生え。
あとは一人歩き。脳内で爆発的に増殖した恐怖はみるみるうちに身体を蝕み、
足は180度回転しスタコラト来た道を戻ったのでありました。
この話しを人にするとき、頭に何かが当たったではどうにもイメージが上手く
伝わらないのでどんな感じかを想像しやすいように考えたあげく導き出したのは
"誰かに髪の分け目のところを軽くチョプされた感じ"である。
もうなんてーのかコワクナイ。でも実際これがもっとも近い表現だと思うんだな。
まーそれはともかく、僕の前を歩いていた友人は突然「俺帰るわー」と後ろから
言われてナンデナンデ???となったんだろうと思う。ごめんな。
幸いなのか勘違いなのかなんなのか判然としませんがこれが僕の唯一の
不思議体験でした。うひうひ。
music is the gate vol.13
『J.BOY』に収録されている"A new style war"です。
これが1986年作。
歌を歌うということはどういうことか、ましてロックする理由は?
一つの答えを示してくれたのが浜田省吾さんです。
一つと書きましたが、それ以外にはっきり示してくれたミュージシャンは今のところいません。
あ、豊田勇造さんがいたな。