アレクサンダー・テクニーク教師の骨折日記 -32ページ目

アレクサンダー・テクニーク教師の骨折日記

名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えています。交通事故に遭い骨折してしまいました。アレクサンダー・テクニークがどれ程リハビリに有効か身をもって実感!
ホームページもご参照ください。http://atnagoya.sakura.ne.jp/

アレクサンダー・テクニークを教えています。

レッスンにいらっしゃるほぼ全員が、脱力しようとしてきた人たちです。

ほぼ全員が脱力したいのは肩です。

 

そういう人たちの腕はダラリとしていて、その重さはまるで”水をたっぶり含んだ毛布”のごときで、その重さたるやびっくりします。

そんな重い腕に引っ張り下げられてきた結果、肩周りの筋肉や首がカチコチに固まってしまっています。

 

そんな人たちにまず私が言うことは

「腕を使う時に力を入れて下さい。」です。

どこにどのように力を入れるのかは最初は説明しません。

ただ、腕を動かす時に力を入れようと思ってもらいます。

そうすると、大抵楽に腕を動かせます。☜これは肩や首への負担が減るということです。

それから、『からだの重心をととのえること』が基本であること、『腕を動かすときにからだのどの部分を使う』かの認識が重要であることを説明していきます。

 

肩に不必要な力が入っている時、それは肩に原因があるわけではありません。

現状では”肩に力を入れなければいけない”とからだと脳が判断しているのです。

だから、無理矢理に肩の力を抜こうとすると、からだがついていけないので、からだも気持ちも硬くなっていくしかないのです。

その原因を取り除いてあげれば、自ずと肩の力は抜けていきます。

だって、もうその力は必要ないわけですから...

 

私のホームページものぞいてみて下さい。

http://www.wb.commufa.jp/atlesson/

 

 

 

 

先週は両親が住居をダウンサイジングして引っ越しをしました。

私の母は必要か不要か迷ったら取っておく派です。

それを長年続けてきた結果、何がどこにあるかもわからなくなっており、同じものが売れる程出てきたり、使えないほどにボロボロになってボロボロになった段ボール箱に押し込まれていました。

 

私は必要か不要か迷ったら捨てる派です。

溜め込んでいると結局どこに何があるのかわからなくなっていき、モノは使われることはありません。使われないモノは死んでいきます。その死骸が溜まった家にいると息苦しく感じてしまい、早く外に出たくなってしまいます。

 

私はアレクサンダー・テクニークを教えているので、他人のからだに触れる機会が多いです。

からだは沢山のことを伝えてきてくれますが、まず伝わってくることは、その人のからだが重いか軽いかです。☜体重のことじゃないですよ(笑)

からだが重くなってしまう原因は多数あると思いますが大きな原因として、

①からだに関する”知識(人から指摘されたこと、無意識に思い込んでいること、勘違いを含む)を溜め込んでいる”ことです。

②”脱力しようとする”ことです。→次のブログで詳しく説明したいと思います。

 

アレクサンダー・テクニークの理論はシンプルです。

”からだは上方向に動き続けようとしている。それを邪魔しない。”

それは、植物が陽の光に向かって伸びていくように、水が高いところから低いところへ流れるようにです。

 

 

ホームページもご参照下さい。

http://www.wb.commufa.jp/atlesson/

 

 

 

今年もゴールデンウィーク集中レッスンに多くのお申込みを頂きましてありがとうございます。

いよいよ今週の土曜日から始まります。

生徒さんがご自身の

”動きに対する意識を持ってもらうこと”こと、

”動きに対する意識を変えていく”こと、

”動きが変わっていく”こと、

ができるように誘導したいと思っています。

 

なぜなら、思い違いや思い込みをしていたり、自分では気づいていないことを繰り返している場合は本当に多いからです。

意識を持つこと、変えていくことは簡単そうに思えますが、

いざとなると、

その第一歩を踏み出すことは難しいことです。

それは私自身経験済みです。

 

全く関係のないことのように聞こえるかもしれませんが、先日の87歳の男性による交通事故の本質的な原因もそこにあるように思われます。

彼が自分の動きに対して客観的に意識を持てていれば

彼が自動車を運転することに対する意識を変えることができていれば

あのような痛ましい事故は起こらなかったと思います。

 

 

名古屋でアレクサンダー・テクニークを教えています。ご興味のある方はホームページもご参照下さい。http://www.wb.commufa.jp/atlesson/

 

 

 

私は乗るはずだった夜行電車に間に合わず、一緒に旅行する友達は私の分の切符とともにその電車に乗って目的地に発ってしまいました。

まだ携帯電話もなく、JRの前身の国鉄だった昭和時代のことです。

まだ若かった私は途方に暮れ、泣き崩れる寸前でした。

そんな私を見た国鉄の駅員さんは私を駅長室に連れて行ってくれました。

「お茶でも飲んで落ち着いて。どうしたの?」と駅長さん(だと私は思いました)が熱い日本茶をもってきてくれました。

私が乗るはずの電車に乗り遅れてしまったこと、切符は友達が持っていることを話すと、駅長さんは時刻表を調べてくれました。

「○○時○○発の列車があって、それに乗れば友達よりも先に目的の駅に着くから、それに乗りなさい」と言ってくれました。

私が「でも切符がないし、切符を買うお金も持ち合わせがない」と言うと、

「ホームで友達を待ってて切符を受け取って、一緒に改札を出れば良いから」とその駅長さんは言ってくれました。

そうして私は無事友達と目的の駅のホームで友達と会えました。

 

ホームで満面の笑みで手を振る私を見た友達のびっくりした顔は今でも覚えています。

そして、あの熱かったほうじ茶も...。

 

今思えば切符なしで別の電車に乗るなんで無理ですよね。

でも、昭和ってそういうことが許されるいい意味のゆとりがあったのかもしれません。。。

 

 

 

 

 

アレクサンダー・テクニークを学ぶ以前は、私のからだは部分同士がうまくかみ合っていなかった。

それでも私のからだは一つであるという事実を放棄することは不可能で、無理やり一つであろうとがんぱり続けていた。

そうして、私のからだのあちこちでいがみあいがおこっているかのようだった。

 

アレクサンダー・テクニークを習得する段階は何とまどろっこしかったことか・・・

最初の段階では、私のからだと心は大いに戸惑い、

次の段階では、私のからだが変化して心が安定してきたとホッとしていたら、

次の段階では、私のからだが根本的な変化を始め、私のからだはうんざりするくらい抵抗して反発し、

最終段階で、『どうにでもなれ!』と良い意味で開き直ったら私のからだは変化に抵抗することを止め協調し始めた。

 

からだの大きな抵抗と反発は、私の心の抵抗と反発が引き起こしていたようだ。

私の心が納得するのに7年かかってしまった。

私にはそれだけの年月が必要だった。

 

しかし、そこで完了ではなかった。その後も私の心とからだはそんな過程を繰り返している。

 

 

名古屋でアレクサンダー・テクニークを教えています。ホームページものぞいてみて下さい。

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