アレクサンダー・テクニーク教師の骨折日記 -23ページ目

アレクサンダー・テクニーク教師の骨折日記

名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えています。交通事故に遭い骨折してしまいました。アレクサンダー・テクニークがどれ程リハビリに有効か身をもって実感!
ホームページもご参照ください。http://atnagoya.sakura.ne.jp/

名古屋市内でアレクサンダー・テクニークを教えています。

アレクサンダー・テクニークはからだをどの様に使えば、楽に動けるようになるかを学ぶものです。

その学ぶ過程はとてもユニークで、『動きについての意識』 を変えていくアプローチです。

 

”意識が変われば、動きが変わる。” と言われても、ピンとこないですよね。

このアプローチは、少なくとも私にとっては、初めてのアプローチでした。

その新しい方法が自分の役に立つことは理解できるし、それを学びたい、と思っているのに、なかなか受け入れることができませんでした。

 

そんな時、ある先生のレッスン中、突然私のからだがいつもと違う方向に行こうとしました。

一瞬、「怖い!」と思いましたが、次の瞬間、「そっちに行っちゃえ!」と思いました。

そしたら、いつもと全く違う立ち方をしていました。

実に楽に立っていて、こんなにからだの重さを感じないなんて、いつ以来だったのだろう。

あの一瞬、不安よりも好奇心の方が勝ったんだと思います。

 

変化は人を不安にさせます。

しかし、その変化を受け入れられると新しいところにいけるのです。

 

 

アレクサンダーテクニークを名古屋で教えています。

なぜ15年も続けてこられたのかと不思議でした。

教えるということは、とても難しく、悩んだり迷ったりすることも多いです。

というか、そういうことが全体の90パーセントです。

 

残りの10パーセントは、

新しい発見をした時のワクワク感だったり、

生徒さんに何か伝わったと感じた時の達成感だったり、

生徒さんに感謝された時の嬉しさだったり。

 

10パーセントしかなくても、先にワクワク感や達成感や嬉しさがあると分かっているから、追究していけるんです。

そうやって、私の 『道』 ができていくんですね。

 

 

世の中ものすごいスピードで変わっています。

この50年という短い期間で、ものすごく変わりました。

 

例えば、

私が子供の頃は、電話(ダイヤル回す黒いやつ)と郵便が通信手段でした。

そこにファックスが登場した時は、その不思議さと便利さに目を輝かせました。

そして30代の時にインターネットが登場した時は、海外の人とこんなに簡単に、確実にやり取りできるんだと、「すごーい!」と叫びました。

 

今は、更に、更に、更に、ものすごい勢い変わっていきます。

私は、最近ではこの変化は、「便利なのか?」と首をかしげたくなります。

変わるにつれ複雑になってしまって、自分の知らないところで、怖いことが起きているようなモヤモヤが湧き上がってきます。

 

だから、単純でシンプルな 『アレクサンダー・テクニーク』 にますます感銘を受けるのかもしれません。

だって、単純でシンプルなことって、

ごまかしがきかないから、

根本的なことがはっきりしてくる。

 

 

 

 

 

名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えて早15年です。

教えていて、絶望感を覚えたこともあります。

他人に理解してもらうことは、自分が理解することよりも難しく、自分の無能さに打ちのめされるからです。

 

その絶望感からどうやって抜け出すのか。

 

自分がレッスンで何を伝えたいのかを冷静に顧みる。

相手の状態を冷静にみる。

冷静にみていくと、解決への道が自ずと開けてくる。

 

この 『冷静であること』 は 『集中』 だと思うようになりました。

 

 

私が

「知らない土地に行って、坂道があると、その坂道を上りたくなる。」

とある人に言ったら、

 

その人は

「坂の頂上から見える景色を見たいからですか?」

と言いました。

 

私は、

「坂の上の、その向こうに何があるのかを知りたいから。」

と言いました。

 

私は、このふたつの理由は、同じようだけど、全く違うと感じました。

何だかびっくり!

でも、そういう 驚き っておもしろい。