私は子供の頃から色や形に対してのこだわりが強いです。
例えば、似たような色でも微妙な違いによって、好きだなと見とれたり、嫌いだなと感じたり、時には不快感を覚えることもあります。
去年までは紅葉を見ると 「きれいだなあ」とその色彩の美しさに見とれるだけでした。
今年は、なんか...違います。
私も来年早々に57歳になります。
もう春先の若芽のような力強さも、夏の青々と茂る葉のような勢いもありません。
木の葉は、散る前に、真っ赤に、まっ黄に、橙に、色づきます...。
私は子供の頃から色や形に対してのこだわりが強いです。
例えば、似たような色でも微妙な違いによって、好きだなと見とれたり、嫌いだなと感じたり、時には不快感を覚えることもあります。
去年までは紅葉を見ると 「きれいだなあ」とその色彩の美しさに見とれるだけでした。
今年は、なんか...違います。
私も来年早々に57歳になります。
もう春先の若芽のような力強さも、夏の青々と茂る葉のような勢いもありません。
木の葉は、散る前に、真っ赤に、まっ黄に、橙に、色づきます...。
私は名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えています。
アレクサンダーテクニークは
『動いている間(私たちは生きている間は動き続けている)、何を意識するとからだに有効か』
を学ぶ方法です。
私が動いている時(パソコンのキーボードを打っている今も)意識しているのはからだを通る方向です。
私がアレクサンダー・テクニークを教えているときに観るのも生徒さんのからだを通る方向です。
色々な方向がありますが、大きなメインの方向は2つです。
※ 上から下への方向 ・・・ 天から受け取ったものを自分のからだの中心を通して地に流す。
※ 下から上への方向 ・・・ 地から受け取ったものを自分のからだの中心を通して天に流す。
この二つは相反する方向ではなくて、つながった一つの輪になるものだと感じます。
例えば、花や木は、天から降り注ぐ雨や光を浴びて上へ成長しますが、同時に根は下に成長し地中の栄養を吸収します。
アレクサンダー・テクニークにご興味を持たれましたら、私のホームページもご参照下さい。
私にとって人間関係を築くことは大変です。
そして、それよりも私にとって難しいのは人との距離を良い感じに保ち続けることです。
私は基本的に人に心を許すことができないので、通常は人と距離をとります。
しかし、一旦心を許せる人に出会えると、その人と距離を縮めすぎてしまい、結果、その人を疲れさせ、同時に自分自身も疲れてしまうのです。
そうして、失いたくない人たちを失ってしまいます。
そんな失敗を繰り返してきて、今、
『自分に自信を持つこと』 『自分を認めること』 を心がけるようにしようと思います。
選挙が終わりました。
あくまで私の印象なのですが、議員さん達って選挙の時には死に物狂いで頑張るけど、当選したらあまり頑張ってるようには見えません。
願望を言えば、当選したということは、議員として働く資格を得ただけにすぎないのだから、当選後こそ、死に物狂いで働いてほしいです。
そんなことを考えていたら、資格や免許もそうだなと思いました。
資格や免許を取得するまでは一生懸命勉強するけど、取得したら「ハイ終わり」じゃないですよね。
実際は取得後の方が大変です。
学んだことを
≪どれだけ、どうやって、活かしていくか≫
が重要ですから。
資格や免許の価値はそこにある。
私は15年前にアレクサンダーテクニーク教師の免許を取得しました。
取得するのに3年かかりました。その間、投げ出したくなるくらい苦しい時もありましたが、楽しかったです。
教えるようになってから、今まで、学んだことを ≪どれだけ、どうやって、活かしていくか≫ をいつも考えています。
やっぱり、投げ出したくなるくらい苦しい時もありますが、楽しいです。
自己肯定感の高い人と低い人がいます。
自己肯定感が高い人は、幼少期に親の愛情を充分感じられていた人だと思います。
逆に自己肯定感が低い人は、幼少期に親の愛情に飢えていた人だと思います。
自己肯定感が低い人は、
他人に褒められても、一時的には安心できるのですが、何かのきっかけでまた不安定になってしまいます。
いつも褒めてもらっていないと、不安です。
自分に自信が持てないのです。
私の場合は、幼少期に愛情に飢えていたと思います。
40歳を過ぎた頃から、私の両親は私に愛情を持ち、彼らの状況のなかでできる限り精いっぱい育ててくれていたんだと分かりました。
だからといって、自分に自信が持てるようになるものでもないんですね。
私は、38歳から41歳までイギリスでアレクサンダー・テクニークを学び、資格を取得して、今はアレクサンダー・テクニークを教える立場です。
私にアレクサンダー・テクニークを教えてくれたのが、Peter と Ellie です。
お二人はご夫婦です。
彼らは、アレクサンダーテクニーク教師としての私の両親です。
彼らは、厳しい先生でしたが、その根底には愛情と期待と信頼を感じることができました。
そして、いつも私のことを褒めてくれ、励ましてくれました。
あんな風に感じられながら日々を過ごせたことは初めてでした。
私は生きている価値のある人間なんだと初めて思わせてくれました。
そのおかげで、15年経った今でも、私はアレクサンダー・テクニークを教えることには自信を持ち続けていられるのだと思います。