アレクサンダー・テクニーク教師の骨折日記 -20ページ目

アレクサンダー・テクニーク教師の骨折日記

名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えています。交通事故に遭い骨折してしまいました。アレクサンダー・テクニークがどれ程リハビリに有効か身をもって実感!
ホームページもご参照ください。http://atnagoya.sakura.ne.jp/

からだの脊柱に大きな流れがあるんだと思います。

その流れは脚につながらなければならないのですが、脚は2本あります。

そこで、脊柱の一つの流れは二手に分かれる必要があります。

一つの流れを二手に分かれさせるために、骨盤が必要になるのではないか。

 

名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えています。

ホームページもご参照下さい。アレクサンダーテクニークを名古屋で学んで痛みを根本から退治。STAT公認講師。児玉真千代。心とからだの健康と統一 (commufa.jp)

天才とは、目標の為に必要であれば、地道な作業をコツコツと何年も続けられる人

それらを続けることが退屈だとか苦痛だと思わない人

むしろ、それらを続けることによって、何かしら発見していく人

そして、その発見を楽しいと思える人

さらに、その発見から発展させていける人

 

世界じゅうの人々から称賛される天才もいますが、そうじゃなくてもそんな風に生きられれば幸せ。

何十年も前に友達だった人が言っていたことが思い出されます。

”私はお金持ちにも有名人にもなりたいとは思わない。ただ、自分に誇りと尊厳をもって生きていきたい。”

 

名古屋でアレクサンダー・テクニークを教えています。

http://www.wb.commufa.jp/atlesson/

 

自由とは

”何をしても良い”ではないと思うんです。

自由とは

”自分が選択できる権利”だと思うんです。

 

自分が選択することには、

”自分で考える義務”が伴うし

”自分で責任をとる義務”が伴う

と思うんです。

 

権利だけ主張して、義務は放棄する人生なんてつまらないです。

義務が伴う自由という権利だからこそ、価値があるんだと思うんです。

 

【自分のからだをどの様に使うか、つまりどのように動くか】について

私たちは自由があると同時に義務もあるということにつながると思います。

 

 

名古屋でアレクサンダー・テクニークを教えています。私のホームページものぞいてみて下さい。

 http://www.wb.commufa.jp/atlesson

 

”人の期待に応えられなくてもよい。

しかし、

自分をがっかりさせてはいけない。”

 

人の期待に応えて他人を満足させられたとしても、

自分が納得し、満足していなければ自分の人生を生きていることにはならない。

 

生が終わる時に、「満足、満足」 と言いたい。

 

自分の意見を持とうとしない。

自分の意見を明言しない。

 

それは、自己防衛のためなのでしょうか?

 

自分の意見を持つためには自分で考えなくてはいけない。

それって間違えるかもしれない。

 

自分の意見を明言するためには自分で考えなくてはいけない。

それって批判をされるかもしれない。

 

誰だって間違えたり、批判されたりするものです。

 

それでも自分で考えた意見には必ず価値があると信じています。

そして、間違いや批判を無かったことにしなければ自分の成長の糧となると信じています。

 

名古屋でアレクサンダー・テクニークを教えているのですが、教える為には、まず自分の意見を持たなくてはならないし、自分の意見を明言しなければなりません。

そして、”色々な形で”自分の間違いに気づかされたり、批判されたりします。

それらは、とても明確な形で”からだ”や”表情”に表れるのでこわい、と同時におもしろい。

 

これからも、私は生きている限り、自分の意見を持ち、自分の意見を明言していきたいです。

 

 

ホームページもご覧下さい。

http://www.wb.commufa.jp/atlesson/