ここ数日、延々と続けている、集英社ノベル大賞への改稿の記事です。
昨日、3次稿が、2次稿にプラス8枚で390枚で完了しました。
ヒロインの活躍シーンが少なかったので、そこを付け足しました。
次に、テニヲハを直す、4次稿になるのですが、ここで、大きな問題が発生。
元々が児童文学だったため、振り仮名をむずなをみしい漢字につけていたんですね。
それが、つける時は一括なのに、なぜか外す機能がうまく働かないんですよ。
1語ずつ直していたんですが、却って、脱字を生みそうなので、もう中止します。
どうせ、入賞もしないだろうから。
で、今日中に4次稿を完成させて、1日置いて、明後日の1/9あたりにWEB応募するつもりです。
やれやれ。
今日は、また体育館へ筋トレに行きます。
また、明後日の仕事に備えて、持ち帰り仕事をする予定です。
さて、創作関係ですが、
実は、100枚以上か、それに匹敵する書きかけで終わっている作品と、落選作が、
計算したら、7本(エンタメ系3本、純文学系3本、中間1本)ありました。
(本当は、まだまだ80枚作品とか他にもあるんですが)
こいつらから、1-3月締め切りの文学賞へ向けて、今回のように「再生」して応募作品化しようと考えております。
できれば、2本、完成して応募できれば、嬉しいです。
もちろん、ただ書くのであれば、2本なら完成できるんですが、
たとえ僅かでも入賞する可能性を与えるのであれば、容易なことではありません。
最近、思うのですが、結局、〈才能=天分+運+努力+学びチカラ〉じゃないのかな。
でも、常識的には〈才能=天分+運〉だ、と考えがちだと思います。
僕も、つい後者の考え方、つまり、才能天授主義に則り、行動しているんですね。
「駄作しか書けない=才能がないんだ」と。
この〈才能=天分+運〉というのは、自力万能の考え方で、傲慢だと思うことを、僕はこのブログでずっと主張しています。
ですから、前者の〈才能=天分+運+努力+学びチカラ〉の、〈学びチカラ〉ってのは他力に頼る考え方で、
神様から与えられた天分が少なければ、先人の偉大な才能や、小説とは直接無縁でも他者の知見に、学び頼ろうと、
僕は、今、考え始めています。
これは、もちろん、剽窃するってことではありません。
ともかく、この1-3月は、とりあえず落選作・途中作を、〈学びチカラ〉で先人の知見を参考にして、完成形に仕上げること。
それで、単なる天分じゃない、本物の才能を支える小説力のスキルを高めることにしよう、と思っています。
前向きに取り組みたいです。
