集英社ノベル大賞への改稿作業で、2次稿が382枚で完了しました。
1次稿が304枚だったから、プラス78枚。
パチパチ、パチと、拍手で、自分を褒めてやりたい気分です。
繰り返しますが、これ児童文学賞へ応募した落選作品で、落ちるたびに、何度か書き直しているから、
長さもまちまちで、幾つもの結末が違うバージョンが複数存在するんですね。
今回、主人公の年齢を小学5年生から、高校2年生に書き換え、移植する大手術で、
かつ、2次稿では全く違う結末を擦り合わせるという難易度の高いことを実行しました。
そのバージョン違いを同時に読み比べながら、矛盾点を解消しつつの「手術」でした。
ある時は、旧作2つ、現在原稿1つの、3作品の文章を見比べながらでしたから、
結構、文章だけでなく、僕の頭の中もぐちゃぐちゃになって、途中で辞めようかと思ってしまいました。
完成できたのが、やや奇跡です。笑
当初の予定では、仕事のない今日と明日で、この2次稿に、新基軸の要素をぶち込む予定でしたが、
因果律を細く紡いだので、ストーリー展開に関しては、もう無理かと思ってはいます。
せいぜい、世界観やキャラクター性のエピソードぐらいでしょうか。
やっぱり、エンタメ系を書くのは愉しい。
面白さを追求すればいいので、シンプルですしね。
今回、出てきた主要メンバー3人の、見せ場を作ると、この400枚近い枚数になるんですね。
プラスした78枚(全部、使ったわけではありませんが)は、一人の活躍を意図的に削除したシーンでした。
その一人を、もう少し活躍させるエピソードを加えたら、さらに、10枚は書けそうに、いや、書く必要があるとは思っています。
それが3次稿になるでしょうか。
ともかく、7-8月「小説野性時代新人賞」新規285枚、9月「文學界新人賞」書き直し139枚と来て、
10-12月「太宰治賞」72枚付近で挫折、と言う結果でしたから、今回書けたことだけでも、すごくよかったです。
やはり、現状はエンタメ系だと【ストーリー展開の呪縛】の力が弱まるみたいですね。
(だから、と言って、僕がエンタメ系向きとは限らない)
まだまだ、その【「こうあるべき」の自分・書き手ファースト感覚】が強くて、読み手を楽しませる〈読み手感覚〉があやふやです。
また、それは、ある意味で、昨日だか書いた、
「一本の木を描くような〈詩の書き方〉」で無理やり、「大きな森を描く〈小説の書き方〉」へ強行しているから、
起きる、混乱と誤りだと思っています。
僕自身が息を吐くように、詩の種が描ける分、その感覚が邪魔をしている原因もあるんだと解析しております。
ともかく、今回もゼロから作品を描くより、一度、出来上がった作品世界を描き直す方が完成できることが証明されております。
いつも、何度か推敲は重ねて描き直すものの、基本は1次稿の延長線上で応募しているんですが、
そうじゃなくて、書き直しをした方が向いているのかもしれません。
落選作や、途中放棄作品、たくさんあるので、どんどんそれを再生することを考えた方がいいのかもしれない、と思い始めております。