昨日のこと。児童文学教室の話。 | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

昨日のこと。

某文化センターの「児童文学教室」の対面講座を1日体験を受講してきました。

もう自分には合わないと諦めたはずの児童文学。


行くと、受講したくなってしまう。

子ども向け文学は親切表現がいるので、書かない表現が求められる大人文学とは、真逆の方向性のはずで、両方を同時に書くのは御法度なはず。

なのに、迷ってしまう。


講師の先生は、僕よりは、まだ若く公募賞出身なので、応募の際の注意点などで、まだアヤフヤな所も教えてもらった。

論理的な説明で、雰囲気ではないので、

「なるほど、そこか」と納得できた。


書け書け式の編集者タイプでも、私はこれという才能式について来いタイプでもない。


うーん。

悩む。



18年前、原稿用紙5枚が書けなくて、ひと月かけて、ふうふう言いながら書いた、

文芸活動スタート以来、小説系だけでなく、詩の教室も含めて、実にたくさんの教室・講座を受講しました。


中には、'10-12年の京都造形芸術大(当時)の文芸コースも含めて、

ほとんど全て、と言ってもいいくらい、作家、編集者、詩人などは、

どなたも、ほとんど「書け書け式」でした。


それは、たとえたら、

谷底へ突き落として、登って来い式で、たし、登り方は教えない、といった感じで。


今、京都芸術大の講師をされておられる、

寒竹先生は、小説系では数少ない、非・「書け書け式」で、発想系講座でした。

('17年に大阪ビジネスパーク、’18.19年に芸術学舎で受講)


もう自分が、パチンコ店へ入店・着席して、お金を握りしめながら、

玉の交換機の前で悩んでいる中毒者に思えてきます。草www


答えは、もう出ている。

でも、もう教えてもらって、劇的にどうにかなるレベルの病ではない、重症患者なのに。

また、希望を抱いてしまう自分いる。


ここでも、諦めが悪い。

他力では、もう無理なんですよ。

しなかった後悔よりも、してしまった後悔を選び続けて、

ハズレくじを山ほど引いてきました。笑


あとはお金の問題。

いや、一番、これが切実かも。

残り4回で、18.000円ほど。


そう言えば、少し前、ここで芸術学舎のテラコッタ講座を見送ったことを書きました。

忙しさもあるけど、一番大きかったのは、お金の問題。


28.000円。

卒業生割の10%OFFで、26.200円でもキツかったから。


それで、返ってくるのが、自己満足だけなのは、キツかった。


同じ芸術学舎の講座の「話芸と文芸」は、10%OFFで、13.500円で、安価。

かつ、こちらは自己満足を超えた、文芸創作スキルや新たな知見として、ベイできる交換が得られる見込みがあったからね。


あと、3日で、放送大学の面接授業の追加申し込みが始まる。

今回の児童文学教室を申し込むなら、同じ近畿圏でも交通費も抑えた京阪神限定にしようかな。


和歌山は無理だし、滋賀も苦しいかな。

まだわからないけど。


(といいつつ、代替の陶芸教室を兵庫陶芸美術館へ申し込んでおります。

おいおい、

3.500円の受講料・焼き上げ代、車での往復なので、5.000円ぐらいかな)


やっぱり、

パチンコ中毒惹句と変わらない気がします。