昨日のこと。
某文化センターの「児童文学教室」の対面講座を1日体験を受講してきました。
もう自分には合わないと諦めたはずの児童文学。
行くと、受講したくなってしまう。
子ども向け文学は親切表現がいるので、書かない表現が求められる大人文学とは、真逆の方向性のはずで、両方を同時に書くのは御法度なはず。
なのに、迷ってしまう。
講師の先生は、僕よりは、まだ若く公募賞出身なので、応募の際の注意点などで、まだアヤフヤな所も教えてもらった。
論理的な説明で、雰囲気ではないので、
「なるほど、そこか」と納得できた。
書け書け式の編集者タイプでも、私はこれという才能式について来いタイプでもない。
うーん。
悩む。
18年前、原稿用紙5枚が書けなくて、ひと月かけて、ふうふう言いながら書いた、
文芸活動スタート以来、小説系だけでなく、詩の教室も含めて、実にたくさんの教室・講座を受講しました。
中には、'10-12年の京都造形芸術大(当時)の文芸コースも含めて、
ほとんど全て、と言ってもいいくらい、作家、編集者、詩人などは、
どなたも、ほとんど「書け書け式」でした。
それは、たとえたら、
谷底へ突き落として、登って来い式で、たし、登り方は教えない、といった感じで。
今、京都芸術大の講師をされておられる、
寒竹先生は、小説系では数少ない、非・「書け書け式」で、発想系講座でした。
('17年に大阪ビジネスパーク、’18.19年に芸術学舎で受講)
もう自分が、パチンコ店へ入店・着席して、お金を握りしめながら、
玉の交換機の前で悩んでいる中毒者に思えてきます。草www
答えは、もう出ている。
でも、もう教えてもらって、劇的にどうにかなるレベルの病ではない、重症患者なのに。
また、希望を抱いてしまう自分いる。
ここでも、諦めが悪い。
他力では、もう無理なんですよ。
しなかった後悔よりも、してしまった後悔を選び続けて、
ハズレくじを山ほど引いてきました。笑
あとはお金の問題。
いや、一番、これが切実かも。
残り4回で、18.000円ほど。
そう言えば、少し前、ここで芸術学舎のテラコッタ講座を見送ったことを書きました。
忙しさもあるけど、一番大きかったのは、お金の問題。
28.000円。
卒業生割の10%OFFで、26.200円でもキツかったから。
それで、返ってくるのが、自己満足だけなのは、キツかった。
同じ芸術学舎の講座の「話芸と文芸」は、10%OFFで、13.500円で、安価。
かつ、こちらは自己満足を超えた、文芸創作スキルや新たな知見として、ベイできる交換が得られる見込みがあったからね。
あと、3日で、放送大学の面接授業の追加申し込みが始まる。
今回の児童文学教室を申し込むなら、同じ近畿圏でも交通費も抑えた京阪神限定にしようかな。
和歌山は無理だし、滋賀も苦しいかな。
まだわからないけど。
(といいつつ、代替の陶芸教室を兵庫陶芸美術館へ申し込んでおります。
おいおい、
3.500円の受講料・焼き上げ代、車での往復なので、5.000円ぐらいかな)
やっぱり、
パチンコ中毒惹句と変わらない気がします。