群像新人文学賞の続きを書こうと思っていたら、
ふいに、今月できれば仕上げたいと思っていた、小川未明文学賞用のアイデアが、ほぼ完全形で降りてきてしまう。
えっと思っていたら、あれよ、あれよ、と終わりまで繋がって、見通せてしまう。
これなら、規定の中学年対応もできる案だ。
これはやらざるを得ないよな。
ちょうど、10/8から10/12まで5日間の休日もあるし、10/12が児童文学教室で、どんぴしゃりだし。
今、読み込んでいる、湯本香樹実の作品や文体自体が児童文学的な語りだったし、純文学との両方へ参照できるんだよね。
群像を止めて、そちらへやってみたいと思います。
10/4の詩のフェスタで感じたこと。
詩人の方たちは明らかに、「書け書け式」の住人で、僕とは違うとしみじみと思いました。
「そういう権威とか関係ないんで」と言った方からも、その雰囲気を感じた。
僕は、その「国語的な見地と研究書(者)の融合によるアプローチ」で、詩や小説が書けるようになったから。
別の、その方々を批判しているんじゃなくて、アプローチの仕方がまるで違う世界の住人だな、と強く感じられて、
きっと僕のことは理解されない、と思っただけで。
じゃあ、僕が、その「国語的な見地と研究書(者)の融合によるアプローチ」を最大限に生かしているか、というと、
それも疑問なんですよ。
まだまだ徹底していない現状がある。
今回の未明作品の完成や群像の作品化を、湯本香樹実さんを始めとする多くの作家の研究からのアプローチで完成すれば、
それが、他の人からも一つの目に見える形で実現できる気がする。
頑張ります。
今日は1日仕事なんで、今日はここまで。