文學界新人賞向けの原稿が、今朝、5時半で、114枚。
昨日より、プラス3枚。
この感じだと、130枚になりそうか。
実は、昨日の夜は数行書き直しただけで、やや途方に暮れていました。
やりたいことはあるけれど、それを実現する書き方がわからなかった。
きっと、書けないのを無理やり続けても、いつもの【展開呪縛】的な書き込みになる失敗の繰り返しパターンになりそうだったから、
筆が止まっちゃったんですね。
やはり、心のどこかというよりも、心全体が、【ストーリー展開】にこだわっていて、
まだストーリー展開したら、小説になると思っている節が僕の中に根強くあるんですよ。
ですから、出てくる発想や欲求は、展開に沿ったものになりがち。
でも、今、必要な才能って、そんなひたすら書いて上手くいくような、脳筋な行動のことなのか?
この疑念が、片方で、ずっとついて回っていました。
で、プロのの作家の作品をひたすら読み込みました。
その構造分析をしました。
すると、僕ならやらない、かなり強引な誘導をしていると感じました。
展開の流れで見たら、無理があるような。
作者側の読者への明確な対話による誘導意図は、文章そのものも、意見の集約で評論文的に感じられました。
けれど、それって、人物間の対峙だし、その意味で、それを支えているのは明らかに、対話力だったんです。
そもそも、今の作品の、現状の書き方、まとめ方では、エピソードからの仄かな意味づけで終わるんです。
ある種、すごく不徹底さがある。
もう順当な展開でなく「序破急」の「破」が要ると感じました。
そんな出来事に遭遇する「出捌け」エピソードがあっていい気がしたんです。
積極的に意味づけや定義を付与する、誘導でも何でも、「破」を入れないと、破綻してもいいから、ダメなんじゃないか。
入れたら、全体も動き、その生じた隙間に、また何かを付け足したくなるに違いない。
そう思ったら、筆が動いて、3枚プラスできました。
今日午前は仕事です。
頑張ります。
