文學界新人賞向け原稿を、書き進める。114枚になる | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

文學界新人賞向けの原稿が、今朝、5時半で、114枚。

昨日より、プラス3枚。

この感じだと、130枚になりそうか。

 

実は、昨日の夜は数行書き直しただけで、やや途方に暮れていました。

やりたいことはあるけれど、それを実現する書き方がわからなかった。

 

きっと、書けないのを無理やり続けても、いつもの【展開呪縛】的な書き込みになる失敗の繰り返しパターンになりそうだったから、

筆が止まっちゃったんですね。

やはり、心のどこかというよりも、心全体が、【ストーリー展開】にこだわっていて、

まだストーリー展開したら、小説になると思っている節が僕の中に根強くあるんですよ。

ですから、出てくる発想や欲求は、展開に沿ったものになりがち。

 

でも、今、必要な才能って、そんなひたすら書いて上手くいくような、脳筋な行動のことなのか?

この疑念が、片方で、ずっとついて回っていました。

 

で、プロのの作家の作品をひたすら読み込みました。

その構造分析をしました。

すると、僕ならやらない、かなり強引な誘導をしていると感じました。

展開の流れで見たら、無理があるような。

 

作者側の読者への明確な対話による誘導意図は、文章そのものも、意見の集約で評論文的に感じられました。

けれど、それって、人物間の対峙だし、その意味で、それを支えているのは明らかに、対話力だったんです。

 

そもそも、今の作品の、現状の書き方、まとめ方では、エピソードからの仄かな意味づけで終わるんです。

ある種、すごく不徹底さがある。

もう順当な展開でなく「序破急」の「破」が要ると感じました。

 

そんな出来事に遭遇する「出捌け」エピソードがあっていい気がしたんです。

積極的に意味づけや定義を付与する、誘導でも何でも、「破」を入れないと、破綻してもいいから、ダメなんじゃないか。

入れたら、全体も動き、その生じた隙間に、また何かを付け足したくなるに違いない。

 

そう思ったら、筆が動いて、3枚プラスできました。

 

今日午前は仕事です。

頑張ります。

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