うーん、全然、文學界新人賞へ向けて筆を取る(=キーボードを打つ)気になれないでいる。
そんな中、今朝、午前2時ごろ目が覚めると、詩の一節が浮かぶ。
慌てて、数行書き留めても、まだまだ浮かぶ。
半睡の中でも、続く詩のフレーズに困ってしまう。
これはこれで、仕事から帰ったら、詩にしようと思う。
でも、もとが群像向け原稿の、この文學界新人賞ですが、
(うっ。ややこしい書き方ですみません。本格的に書いてないので、意識の上ではこうなのです)
そろそろリミットだろう、書かないと。
そう。書き始めよう。
書き出せば、定着して、その想定作品世界についてのミニマム・アイデアに収束されるから。
さて、放送大学の追加科目の候補は決まったが、それはもう10/16を待つしか何もできない。
待つだけのこと。
それよりも、京都芸術大学の芸術学舎をどうするか、迷う。
頭の隅で創作アイデアよりも、こちらへ引っ張られる。
ずっと考えしまう。
講座「テラコッタの「動物」制作」よりも、新たに、行きたかった講座「話芸と文芸」を見つけたから、そちらとの選択に迷いだしている。
前者が28,000円、後者が15,000円。
両方できれば、解決するけど、今期は放送大学スク北海道に5万円以上、飛行機の往復費・宿代がかかり、
プラス、生き残った。同スク福井へも1万5千円ほどはかかっている。
28,000円は痛い。
何よりも、このテラコッタ、素焼きのままなんですよね。
イメージ的に前、作ったテラコッタの釉薬かけの、犬くんのイメージとはかなり違うはず。
と、自分へ尋ねると、見送る結論に達した。
費用面だけじゃなくて、この「話芸と文芸」の落語と明治文学の関係は、僕もずっと関心を持っていて、
実際、今年、今、身につけつつある、演劇感覚の延長線上の文学創作感覚には、きっとどんぴしゃり。
大きなヒントや気づきをもらえそう、なんだよね。
「テラコッタ」はテラコッタで、これ素焼きでも、リアル猫じゃなくて、猫のバイオリン姿とかの半人半獣でやろう、と、
イメージまでは決めていたんだけど。
やはり、日程的に苦しいのもあるし。絶対、今年じゃないといけない理由がない。
来年回しにしようか。
ちなみに、仮に素焼きでも、昔、石膏像をアクリル絵の具で着色したようにすればいいだけなんですが。
こんな感じで。
確か乾いた筆で、後から金色をつけただけなんですが、ブロンズ風に見えますでしょう。笑
これらは、もう家にありません。
壊して、捨てています。
1体だけ残しているけど。


