放送大学の北海道学習センターでの面接授業「新時代の太宰治」の第一日目、授業が終わりました。
講師は、北海道大学名誉教授の中村三春先生。
すごく分厚いレジュメと、
太宰治の本文や研究論文からの抜粋が引用された資料を渡され、授業が猛スピードで行われます。
そな内容は、無意味に硬い講義調ではなく、時折、先生が太宰の小説本文を朗読されて、
適宜、どこが研究成果かが通説と、先生の見解の差異が指摘されます。
僕も太宰治の講義を受けるのは、ここ数十年なかったので、すごく新鮮で、かつ刺激的です。
特に、通説が僕の抱いている太宰に関する見解なので、それが先生の根拠を伴う知見で、鮮やかに一刀両断される痛快さです。
講義内容を、詳しく書くことは、ここでは差し控えますが、
太宰独特の、あの語りかける饒舌文体が、義太夫(浄瑠璃)の影響をうけていること、
それは、複合的小説構造(文体)、語りの入れ子構造、連用中止法など言い止し文型、朧化など、
泉鏡花文体の影響がある、とのことでした。
確かに、その太宰の初期作品の例文は泉鏡花の、『高野聖』を思わせる文体でしたが、
両者を比較するなんて、僕には想定外の想定外だだたので、
驚きポンでした。笑
ただ、この授業では、最終日の筆記試験かかなりレベルが高い出題がされました。
しかも2題。
題目自体は,事前公開されてますが、かなり高度なため、前もって紙なら下書きして来ても良い、と指示されました。
で、いつもなら適当にその場で書きますが、今回、下書きを作ることにしました。
理由は、問題が高度だったからでなく、いつもの小説創作のための文体に、
すごくヒントになるものをもらえた気がしたからです。
今、6時に宿を出て、朝食を食べたすき家で、この記事を書いています。
その問題の下書きを1題は昨日、書いたので、残り1題を今から、学習センターへ行くまでに書き上げようと思っています。
↑の写真は、見にくいと思いますが、そこから見えた札幌の市電の、おしゃれ車両です。笑




