諦めつつも、悪戦苦闘 | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

さて、ずっと取り組んでいる、集英社オレンジ文庫短編小説新人賞30枚。

書くことの行為自体へ、なかなか進めない現状に、ほとんど『呪術廻戦』の呪術師が使う、領域展開並みに、

不可侵領域でもあるのかしら、呪い化しているね、と疑りたくなる、いつもの現象に陥っています。草wwww 

 

ともかく、この特級呪霊を祓わないと、次へ行けませんので、昨日も書いたように、

全身全霊で書くことを拒否する自分の体と魂を説き伏せながら、やっと6枚弱、です。笑

 

でも、なんとなく読み手ファーストな書き方からの回避法がわかってきた気がする。

読み手への効果、主人公たちと日常感覚を伝えることを最優先として、展開はサブだ、と言い聞かせながらキーボードを打鍵。

本当は今日、確定申告へ行くつもりだったが、もう後回しだ。

午後か別日でもいい。

 

今、とにかく逃げずに書くこと。

 

書きながら、この間の、土曜日の井戸川射子さんの講演会のことが頭から離れない。

井戸川さんが「1行が書けたら、バーッと(シーンがかな?)書ける」と言う言葉と、

彼女がよく言う、いつもの「人ならざるもの」に向けて書くこと。

 

 

 

 

 

この、の2点だ。

 

きっと、僕のように、自分の思いを主観的に書こうとしているんじゃなく、客観的なシーンを書こうとしている気がする。

僕も時々、詩でそうなる瞬間があるから。

 

そして、自分が、登場人物と(その作品世界の)シーンに寄り添わず、展開という作者都合をまだまだ優先しているように、感じる。

詩ですらも、まだまだ「自分のために」書いているんだと思う。

 

とにかく、書けない自分、書きたくない自分と、とことん戦ってみる、今日は。