恐るべし、集英社のオレンジ文庫『短編小説新人賞アンソロジー』。
そう思ってしまった。
昨日の続きで、オレンジ文庫短編新人賞アンソロジーを読んでいる。
で、気ついたことがある。
僕の小説力で必要なのは、たくさんあるだろうけれど、一つは語り口だな、と読んで思った。
ごく当たり前のことを言っている容易だけど、それは言葉が不完全なものだから。
現状の僕の語りは、後出しジャンケン的なコントロールされた語りであって、
それは情報をとにかく伝え伝えたらいい OKだよという乱暴な語りになっていた気がしたのだ。
以下、メモの殴り書きで、わかりにくい表現が多いだろうけど、こんな感想を持った。
例えば、大ヒット作「成瀬は天下を取りにいく」シリーズの宮島未奈さんの短編は、前に読んだから予想の範囲内だったが、
泉サリ「林ちゃん」がすごかった。
まだ冒頭だけど、平凡な要素を語り口と順序で、見事にエピソード化していく。
ちゃんと語らないゲシュタルト空間表現がある。
かつ、主人公が言いたいことが伏線回収しつつくっきりとしている。
情報を伝えることがメインじゃなく、読み手を魅了することをメインにしている、と感じる。
そもそも、宮島未奈の「二位の君」も文体が特徴的だった。
基本、1人称だが、自分騙りというよりも、周りの反応がメインで、それに対応する「わたし」の外形描写で描きつつ、
段落・エピソードの末尾で、「わたし」の感想を一言添えるだけの形式だ。
だから、どんどん新しい展開に対応できる軽やかさと、展開スピードが心地よい。
基本、人物たちそのもの「から騒ぎ」を描くのがメインだと感じる。
〈どうなるどうなる〉エンジンが効いている気がする。
つまり、これを語り口でなく、通常の文体的な言い回しに変えると、こうなる。
自分が今まで行なってきた間違った1人称は、「視点カメラが主人公の上にだけ固定されている間違った1人称」だった気がする。
それではなく、宮島未奈の文体は、時々か、大いに人物群渦へ視点カメラが移動して、主人公を外形描写する1人称が正しいのだと感じさせてくれた。
以上、
自分にしかわからない表現で申し訳ありません。
とにかく、少しきっかけがもらえた気がする。
必要なのは、後出しジャンケン的なコントロールされた語りを目指してみます。
今から開放教室のバドミントン・コーチへ出かけます。
