さて、昨日も書いた京都芸術大学の芸術学舎のオンライン講座「場をひらく演劇的コミュニケーションのデザイン」ですが、
2日目が終了。
ゲストで来られた中脇氏の実践と報告は非常に面白く、少しだけ受講料の元が取れました。
あとの詳細は、ここではもう触れません。
その問題点は、昨日、書きましたし、また陰で言うと、単なる悪口になるので、事後レポートに洗いざらいを先生に向けて書きました。
そもそも、僕は京都芸術大学の現役の学生でもないので、単位につながらないレポートは本来、書く必要がないんですが、
あえて、耳の痛い苦言を正直に指摘しつつ、こうあって欲しいという改善点も書き添えました。
先生の演劇体験そのものをもっと前面に出して聴きたいと言う趣旨で、一方的な批判ではありません。
まだお若い先生なので、次回からの改善に繋がれば嬉しいです。
脱線すると、
もちろん、僕の何十年に及ぶ学ビスト人生の中では、詩の教室、小説の教室で、「えっ!?」と思うレベルの低いものや、教え方の稚拙な場合もありました。
が、いちいち文句を書いたり、しません。
無駄なエネルギーは使わずに、そっと抜けて、次回から受講しないだけです。
カルチャーセンター系は、こうしたフィードバックの事後レポートはありませんが、
大学の公開講座系では、事後レポートありますよね。
その際も、年配の教授や先生には事務的に受講報告を書くだけです。
「教える」ことは、その人がどう自分自身が「学ぶ」と向き合ったかの裏返しですよね。
僕は「教える」プロでもあるので、いつも、改善してきたつもりです。
万人を満足させる授業は難しい。
そのことが分かった上で、やるしかありません。
何度も同じことを書きますが、
今回、片方で、放送大学の宮本陽一郎先生のライブWEB授業「アメリカ文学史1」を受講しながらの芸術学舎の講義で、
ほんとあまりに、その落差の大きさにくらくらしました。
こちらの課題、ヘミングウェイの英文の掌編を分析するレポートの方も書き終えました。
(日本語の訳文も参考可能)
宮本先生は、逐一、分析ポイントもリサーチ・クエッションの形で付記して、お示しいただく丁寧さで、本当に頭が下がります。
僕は迷わず、書きやすそうな今回の授業感想じゃない、こちらを選択しました。笑
この放送大学の教養学部に在籍した6年間での、面接授業の面白さは甲乙つけ難い、名講義が多くハズレもないのですが、
この「アメリカ文学史1」は、その衝撃度の高さから僅差ではあってもNo.1を冠したい、と思うものです。
欠点は、アメリカ文化史になって、本当にカルチュラル・スターディーズな学際的内容な点で、僕はヘミングウェイをもっと掘り下げてほしい気持ちを抑えきれません。