「よし! 書くぞ」と心に決めてから2週間以上、やっと描き始めました。笑
(遅すぎるだろう!)
永井荷風新人賞100枚の改稿作業になるのですが、
いま、新規で冒頭の第1章4枚と少し書き上げたところ。
そこへ元原稿の第2章を、少し変えて接続させつつそのまま使えるようには改稿しました。
すると、一挙にプラス7枚を積み足せるが、そうするべきか、まだ迷っている段階です。
いつもの、何を描いていいか、わからないという状態ではなく、現代詩を書くときと同じ、モヤモヤの非言語状態にはなっていて、
描きたいモチーフも、書く内容も、書き方も全部、決まっている。
決定的に、今までの小説の書き方とは違うポジションだ。
かつ、書くための様々なテクニックで、ここ4ヶ月間に学んだものを、本作品用に、自分用にアレンジしてやろうと、ワクワクしている。
という、今の次第です。
過去の小説を書くときの状況とは、決定的に、違う点ですね。
いつもは、仮に香盤表を作ってから書いたときも、内容は決まっていても、描き方があやふやで、出たとこ勝負だったですから。
しかも、今回、同賞の前身である旧:三田文学新人賞に数年前に出して落選した作品100枚で、すでにある原稿を改稿するので、ゼロから書きじゃない。
主人公と、周りの人物は変えず、基本設定も今のところ、変えません。
ただ適当に、心理関係やら背景はアレンジはして行く予定です。
だから、締め切りの5/31には、あと13日ですが、たぶん描き切れると思います。
途中、放送大学の埼玉学習センターでのスクーリングが5/24・25あるので、その前日の夜行バスやらも除けても、10日あります。
興が乗れば、一日30-40枚は書けるので、日程的には十分だと思います。
まあ、途中行き詰まっても、終わりは変えないつもりなので、なんとかなるでしょう。
たぶん、こんな感じで、新規分は少なく最低限に留めながら、改稿してゆくから、実質、新規で書き足すのは50枚ぐらいかと予想しています。
〆切5/31までに、放送大学のスクーリングやら有栖川教室やら、いろいろとあるけど、
充分、完成は可能だろうと予想している。
あとは、どれだけ新機軸がちゃんと盛り込めるか、
仮に盛り込めなくても、そこからどれだけ改善策や問題点を見つけられるか、だと思っています。
そもそも、今回の書く目標の一つは、書かないで隠すゲシュタルト表現で作品を書いてみることなので、
書いてないことを書ければいいのです。
(矛盾! 笑)
また、別の目標は、ここ数日書いている、村上春樹の短編「午後の最後の芝生」から学んだ、
日常のモチーフをオリジナルな視点から解読して表現することも、挑戦してみます。
今までは、新奇な表現をしようと内容に意識的にも無意識的にも、きっとすごくこだわっていたんです。
けど、それって、結局は、僕が散々叩いている、【ストーリー展開の呪縛】の一種だと思います。
それこそ勘違い、間違いだったんじゃないか、と最近、気づきました。
僕がやるべきなのは、そういった新鮮さじゃなくて、視点を新鮮に描写することで、平凡なモチーフを輝かせることに尽力することじゃないか、と。
そちらに方向転換しました。
もともと、普段書く現代詩の場合、別にわざわざ新奇に書こうと思わないでも、勝手に新しい奇抜なものになるんですよね。
小説に対しての神格化した思い入れが僕にはあって、なんか小説だから、すごいのを書こう、書かなくっちゃいけないと勝手に自分自身を、いつも書けない方向や、固定した書き方の方向へと追い込んでいました。
だから、今回、前に試して、上手く行った、レイモンド・カーヴァーの(正確には村上春樹の訳文のだけど)ミニマリズム的な書き方も、もちろん織り交ぜるし、
絲山秋子的なエッセイ風の描写もしたい。
やりたいこと、山ほどあります。
どうなるか、わかりませんが、やってみます。
まずは完成することです。