細谷功著『13歳から鍛える具体と抽象』の衝撃。「見える。私にも見えるぞ」(おいおい) | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

たまには、正面から本の紹介をします。

細谷功著『13歳から鍛える具体と抽象』を読んで、すごく感心しました。

 

 

こう書くと、やたら上から目線なので、衝撃を受けたと言ってもいいかもしれません。

 

実は、普段から、評論を読む時、具象と抽象、つまり、例とまとめ の感覚では今までも読んでいたのです。

でないと、レポートを効率よく書けませんし、参考文献をちゃんと引用したり、読むこともできませんよね。

 

でも、それをここまで法則化して、というか、こういうまとめかたこそ「抽象化」の一つの現れ方になりますよね。

もちろん、そうなんだろうな、表題から予想をつけて、最近、細谷功さんの本を借りたり、買ったりしてたんです。

 

予想通り、読んでいると、自分で自由自在に、この「具象」と「抽象」の間を文章上で行き来できるようになりました。

自分の中の読解感覚を整理できたんですよね。

 

「見える、見えるぞ、私にも見えるぞ。ララァ」

と、どこかのカッコつけ台詞をは吐きたくなりました。

 

これ、大昔、情景や物体を、光と影で再構成する感覚を身につけたら、陰影でデッサンできるようになったのと似ています。

すごく力になりました。

 

きっと、詩や小説を書くときに、すごく役立つと思います。

比喩を作る時の、アナロジー感覚もどこか、これへつながっている気もしました。

 

まだまだ学べる、まだまだ進歩できる、と自分の伸び代を実感した本でした。

年齢を言い訳にして、歳とったからできないは、やはり言えないよな、と思いました。

 

今日は午後、大阪へ出掛けて岡野大嗣さんの短歌教室へリアルで参加します。

楽しみです。