昨日は、教室用の小説と詩をそれぞれに提出しました。
小説は前に書いたものをそのまま。
詩は原案を小1時間ぐらいかけて推敲してから。
やろうと考えている群像新人賞用のアクションはほとんどできていません。
ガックリ。
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決して時間がないわけではなく、やるべきことがわかっていないわけでもなく、ただ、ただ、細々とある、他のことへ逃げてしまっているだけです。
そのくせ、頭の中ではそのことについて、ああでもない、こうでもないと思いが渦巻き、
行動しない自分をひたすら責めたり、
いつもの左脳の審査官が「ばか! 間抜け! 能無し! 人間失格! 諦めろ」と騒ぎ立ていたりします。
見本小説の、1ページも読まず、全然、無関係のエンタメ系ショートショート小説を読んで分析してたりします。
(そちらはサクサクと、ページが進む)
ああ、ほんと、兵庫県のサイテー知事の半分でいいからメンタルの強さと、謎の意思力が欲しくなります。
詩はね、いいんですよ。
ほんと身体の一部なので、勝手に描き、勝手に推敲しはじめる。
でも、この詩も昨日、触れた、こうべ市民文芸に’18年に二席に受賞して初めて、自信が持て、本格的に描き始めたんですよね。
最初から、こうだったわけじゃない。
無限になる言葉の、どこから始めたらいいか、さっぱりわからなかった。
「自由」という名の無限オーシャンは、今、小説で包んでいるのと全く同じ境遇であり、環境でした。
そこからの悪戦苦闘の6年間の結果です、この習慣・身体性は。
ですから、いずれ小説においても僕の中に「ルート」や「橋」ができて、村上春樹の言う「自分の井戸」を掘れるようになり、
そこから水を汲み出せるようになるのだろう、とは、理論的にはわかっています。
でも、ほんと苦しい。
去年までの全く書くルートがわからないのではないだけに、純粋に僕のヤル気、モチベーションの責任が明確ですから。
意地悪な左脳の審査官も、さすがに詩においては、文句を言うのをやめています。
第2詩集を作る際に、来年へ回せ、無駄! 無駄! と叫び始めるぐらいでしょうか。
こちらも来月10月16日以降には、本格的に対峙しなければなりませんね。
この僕自身の立ち位置を、40年以上自分史の中で客観的に考えれば、
今、すごい高みに立っているはずなんです。
あの、高校・大学時代の20歳までの時期の、40数年以上前の、自分のエネレギーをどう処理していいか、どこへ向かえばいいかわからない焦燥感からすれば、
今はなんと贅沢な場所に立ち、すごい宝物な、キラキラする表現力を持っていることか!
また、セカチューに感動した’04年頃の、神戸市の映像ワークショップでカメラマンと絵作りに徹して、どうして脚本を書けないのだろうと軽く絶望していた(アートアニメーションを作っていた)20年前からも同様で。
’08年の、おっかなびっくり原稿用紙3枚の童話に四苦八苦して、小説なんて絶対書けない、無限の才能の差を感じた16年前の頃と今の違い。
直近まででも同様です。
あの、書いても書いても、全然、目指す方向がわからなかった、京都造形芸術大学の文芸コースを卒業した、’12年の頃から、つい最近の’24年3月までの、ほんと長く苦しい12年間。
(’17年からは詩の脱線があるので、小説ばかりではなくなってますが)
これらの苦しみの〈過去僕〉が、〈今の僕〉を見たら、きっと猛抗議するだろうな。
「ふざけるな、わかってるなら、やれよ! どれだけ苦しかったか、わかってるやろう」と。
はい。
1ページでも、ひとアクションでも、帰宅後、夕方にやってみます。
いや、これから乗る電車の中ででも。
無駄な一歩に思えても。