昨日、書きました、小説(純文学)への憧れの話の続きです。
そもそも、僕の小説への憧れは、たぶん、中学生の頃の、大好きな作家だった北杜夫が、
ドイツの文豪トーマス・マン作『トニオ・クレーゲル』の作中人物トニオの台詞、
「文学を刻印、ある種の呪いとして憧れた」と出会ったことに起因しているんです。
と、昨日のブログで、書いた件ですが、
これを去年’23年10月27日の、このブログでも書いているんですよね。
(ワードを検索すると、自分の、このブログが日付とともに、上位に出てくる。笑)
ですので、繰り返しになり、申し訳ありません。
でも、去年とは違う形で振り返り、書きたいと思います。
幼い僕の、愛読書の一つが北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』でした。
今でも、読むと、自分の中学、高校、大学時代が思い出せます。
その幼い自分の、「小説なんて、僕にはまるで書けないなあ」と、憧れの北杜夫の作品を見つめた諦念と、
それより少し後の高校時代に、太宰の、あの有名な「選ばれてあることの恍惚と不安」の台詞を見たときにも、溜め息混じりで受け入れたことを思い出します。
それから比べると、この、今のダメダメな自分でも褒めてやりたくなります。
小説へ挑戦できているだけ、偉い、偉い、とね。
(あの斎藤茂吉も、僕にはいまだに、北杜夫のお父さんです。笑)
たぶん、詩でも、児童文学でも、万が一、大成しても、僕はずっと小説(純文学)への憧れは捨てられないので、
ここへは勝負をしないではいられないんですね。
逆に、今、僕が文学を全く書けないのなら、素直に諦められますが、
今、変に、少しだけ、詩がスラスラと(でも、ないですが、小説に比べれば、格段に楽です)書けてしまうので、
ますます、いや、きっとできるはずだ。これだけ片思いし続けてきたんだから、この恋慕の情は募ります。(笑)
しかも、この恋心はすごく我儘で、その中には面白いハイ・ファンタジーをいつか書くぞ、との野望が含まれているんですが、
なぜかメイン、本妻は、ファンタジーじゃなくて、純文学だ、と確信(妄信・信奉)しているんですね。
エンタメ系は〈愛人〉扱いなんですよ。
その癖、自分は間違った【ストーリー展開の呪縛】から、完全には逃れられない。
これ、大いなる矛盾です。
だから、きっと芥川龍之介が、自らに最も適性のある物語性を、晩年、否定しまくった心境がよくわかります。
同じだとは、恐れ多くて言えませんが、同種の矛盾した自己否定感覚なんだろうな、と思います。
(東洋大学の通信課程で、芥川龍之介で、卒論を一本、35,000字ほど書きましたからね)
ともかく、去年までの、純文学系の小説って、何をどう書いていいか、わからないと、この15年間ずっと思い続け、悩み続けてきたのとは違って、
今、なんとなく〈書く方向性が見えている感覚〉があります。(パチパチパチ。拍手)
この〈方向性のあるモヤモヤ感〉で、いつも詩が作品化されるので、これだけでもありがたく感謝したいし、得難い感覚です。
この小説用の〈モヤモヤ感〉を掴む感覚を、定型化すれば、詩と同じく自然と描けるようにあるのかな、と期待もしています。
頑張ってみます。
きっと、定型化できれば、自分の中で、そのプロセスも法則化・抽象化できているんですよ、いつも僕は。
(このモヤモヤ感覚での、詩と小説の創作感覚のリンクの仕方で、わかったことがありますので、
また明日以降に書かせていただきます)
さて、今週は、仕事の、サービス残業が3・4日続き、早出、遅出になることが、もう決定しております。
川柳と詩の教室も受講しますし。
ですから、5/31の締め切りまで、残り11日は全然、フルに活用できません。
でも、そんな追い詰められた状況で、いつも進化してきました。
チャレンジして行動した失敗は、必ず、次に繋がりましたから。
絵のない絵本=童話を書き始め、小説が書けないな、と思い悩んで、紆余曲折から詩の書き方を見つける。
その結果が、詩集を刊行し、詩の受賞もする、今の僕ですから。
挑戦し続けます。