今日から、新年の初出勤です。
去年までの常勤のころなら、5日には出勤していました。
だから、こんなにゆっくりした新年は初めてです。
どうにもサボってズル休みしている感覚があって、創作にも今ひとつ集中できませんでした。
(言い訳、言い訳。笑)
やっぱり、仕事人間だった昭和な僕には、適度に仕事があったほうがいいな。
創作でやるべきことは、大体、煮詰まってきたので、やりかかってスイッチが入れば、できそうなんですが。
年末に書いた日本児童文学の評論新人賞のときも、同じように書くまでぐずぐずして、結局、完成はギリギリではないものの、締切間際になりました。
今回の講談社児童文学新人賞300枚は、’22年に4回目を出して落選ですから、
2年ぶり、5回目の挑戦になります。
その前の’20年の3回目に応募した時の落選作を、改稿して出そうと思っています。
でも、ちょこっと変えたぐらいでは、箸にも棒にもかからないのはわかっていることなので、根本的に変えたいんですね。
「どうせ書くなら、新しい〈企み〉を入れて失敗しよう。次に成功(完成)すればいいんだから。」
今年の創作方針は、これで行こうと考えています。
その為に、〈イントロ・中盤・山場・後日談〉方式も、今までのストーリーをこちょこちょ変えた応募とは、質的に大幅に違う、
〈展開の企み〉になるものだと確信しています。
ストーリーの展開が悪くて、それをただ書き直すだけで、受賞作になるのなら、とっくにできていたはずだ、と思っています。
けれど、今までは、そうじゃやないことをわかっていても、どうしたらいいかわからなかった。
「読み手ファーストを、各章立てごとに徹底する」
それが、今回の〈イントロ・中盤・山場・後日談〉の根本的な考えです。
そこが問題だ、と自分を解析しました。
解析力・評論力があるのも僕の才能なのは間違いないから、それを今回は積極的に活用してみます。
自分で、自分の何がいけないのかを知るのは、実はすごく難しいことです。
自分のすべてを全否定すれは、簡単ですが、
そうではなく、ある程度力があることは、客観的な事実ですから。
でも、自分の「物語りたい」欲求や感覚のある部分は間違いで、他の部分はよしと分けられるものではないんですよね。
感覚を導く方針・思想(?)が間違っているだけてで。
ともかく、その解析した抽象的な〈展開の企み〉を作品化してみるつもりです。
それは、僕的なには、児童文学を、マンガのように思いっきりエンタメ系に振ることになります。
(なんせ、またはマンガのネーム用の本なんだから。)
でも、純文学系の〈企み〉はまた別次元のやり方を見つけていますから、
ここは、エンタメ系でいいんです。
そもそも、どこからがエンタメ系で、どこからが純文学系かなんて、
ボーダー作品だと、誰もわからないんですから。
でも、僕に足りない感覚がそこだと思っています。
ただ、こうした抽象的な理解を、自分の感覚に移し替えるのって、ほんとむずかしく、何より集中力とエネルギーが必要です。
頑張るしかないです。