少し早いですが、毎年、行っている一年の振り返り(また、年始で元旦の計)を行いたいと思います。
これだけは、やらないと気持ちが悪くおさまらないんです。
ここ数年、年末年始は風邪をひいていたのが、今年はゆっくり休んでいるせいか、すこぶる健康です。笑
年度単位で活動してきたので、これから来年3月にかけて、まだ今年度の書く予定や応募予定のものが、いつだったか書いたように、まだまだあります。
・新しい詩の声 -2/28 詩1篇 ……これはすでに11月、送っています。
・永瀬清子現代詩賞 2/17-5/17 詩1篇 ……もう書き上げて、用意はしています。
・講談社児童文学新人賞 -3/31
・純文学系小説 100枚
さて、去年の元旦の計と、応募の振り返り検証です。
◇’23年度 文学賞の応募計画と目標達成度 (黒数字は無理ゲー)
❶講談社児童文学新人賞300枚……3/31締め切りです。毎年、思う。できるかなあ。→ × できませんでした
❷純文学系小説100-200枚?……毎年、思う。できるかなあ。で、できないの繰り返し。→ × できませんでした
❸中原中也賞……第2詩集ですが、お金と決意さえすれば、すぐに出せます。でも、まだその時じゃない気がします。変わらなければ。→ × できませんでした
ここまでは、もともと限られた時間と力では無理ゲーなんですね。
❹『現代詩手帖』と『ユリイカ』の掲載、2回ずつ?…………応募は簡単ですが、成果は無理ゲー。「ユリイカ」へは去年と違う傾向のものを出します。→ △できませんでした。応募はしましたが、掲載なし。
⑤某地方新聞の投稿文芸の詩部門の特選2回以上。並びに、最優秀賞。……去年の結果では、身近なこれすら無理ゲーに陥っています。→ △できませんでした。同じく応募はしましたがね。
⑥日産 童話と絵本のグランプリ10枚……今年もちゃんと書き応募します。→ ⚪︎ できました。でも落選。
⑦小泉八雲顕彰コンクール入賞 ライフワークです。→ ? 結果は来月にわかりますがどうなるか、楽しみです。
⑧ココア共和国の紙面〈傑作〉掲載3回 → ×結局1回だけでした。一昨年の10回中6回が出来過ぎなのと、レベルが上がってるんですかね。笑
⑨ふくい風花文学賞5枚、徒然草エッセイ大賞5枚 → 徒然は新規の挑戦。結果は二つとも来年。
(二十四の瞳岬文壇エッセー賞4枚、小諸・藤村文学賞10枚は「応募せず」を訂正。ではなくて、’24年1/3に書き上げ投函しました。)
以下は、当初の予定にはなかったものの、応募するつもりだったけど、元旦の計へ入れなかったものと、いきなり応募したものが混在。
⑩A、西脇順三郎賞・新人賞、伊藤静雄賞、白鳥省吾賞、などなど各種、正統派の詩の賞……いろいろありますよね
→ ⚪︎伊藤静雄賞が佳作、白鳥省吾賞・柳波賞・資生堂 花椿・詩と思想新人賞が落選、西脇賞・新しい詩の声・金澤詩人賞が結果待ち
B、雑誌『望星』の「投稿の広場」、国民文化祭、明石市文芸祭、小泉八雲顕彰、島崎藤村記念文芸祭など、地方コンクールや非メジャー系の詩関係の賞……これもいろいろあります
→ ⚪︎『望星』の「投稿の広場」が佳作1位掲載、明石市文芸祭は1位市長賞、国民文化祭・島崎藤村記念文芸祭は落選、小泉八雲顕彰は結果待ち、
以上は、もともと応募するつもりだったけど、当たり前すぎて書かなかったもの。
以下は、イレギュラーで応募したもの。
C、「日本児童文学」関係のコンクール……’22年にオンライン講座で「日本児童文学」関係のものを受講したのを契機に、いろいろと関係コンクールに応募しました
→ ? 投稿賞(年3回)、長編児童文学賞、評論新人賞ほか、結果がわかるのはどれも来年ですがどうなることやら。
D、小川未明文学賞、福島正実記念SF童話賞 → ? これも結果がわかるのは、来年です。
*【総括】
こう見ると、まだまだ結果待ちが結構、残っています。
結果が出ているものには、メジャーなものは全然、成果が上がっていません。
もちろん、マイナーでも1位を獲るのは難しいので、とてもありがたいんですが、何が足りないのか、そろそろ対策を考え直さないといけません。
それと、やはり、詩でしか結果が出ないので、このまま〈詩といろいろをやる形式〉を続けるのではなく、もっと本腰を入れて小説へ取り組もうと考えた次第です。
そもそも、詩だって、最初の2年半、’17-’19年の途中までは片手間だったし、全然メインじゃなかった。
書き方そのもののがわからなかったし、自分の流儀がわからず頓珍漢なことをやっていたんですね。
同じことが小説・児童文学系でも起きてないか?
’08-’19年間の小説系がメインだった時もそうだし、明らかに詩がメインになった’19年後半から’22年までの時も苦しいと楽な詩に逃げてしまっていた。
特に、この’23年の4月から8月までの小説系が書けなかった時期も、脳筋状態で突っ込んで、ただ闇雲に書こうとするばかりで、ちゃんと対策を練っていなかった。
まさに、自分の手持ちの才能だけで書こうとしていた〈才能主義的な玉砕対応〉。
詩は自分流と言えば、自分流の書き方があるけど、それは常に〈企み〉と表現のバランスを考えているんですね。
一見すると、自分ファーストに見えるけど、それって、〈他人や読者を前提とした自分ファースト〉なんですよ。
小説系は、自分ファーストにも徹していないし、見えるべき他人が見えていない。
本来もっと、読み手ファーストであるべきなのに、まだまだ〈自分で手一杯な自己表現〉な気がします。
それが僕には【ストーリー展開の呪縛】の一つなんですね。
展開させること自体が自己目的化してしまってるんです。
そうそう。
そうなんです。
なんのためにストーリーを展開しているかが、自分で説明ができない。
〈企み〉と連動していない。
〈企み連動のストーリー展開〉ですね。
解決策の答えは。