昨日、小林秀雄のことを、このブログで書いたら、
あの硬質な文章を、無性に読みたくなった。
まるで、美味しいジュースか、紅茶の味を思い出したように、喉に渇きを覚る。
「読みたい」の気持ちがカラカラと音を立てて止まりません。笑
よく考えたら、
こうしてちゃんと詩も書けて、小説・散文も読み込めるようになってから、
ここ7年間、小林秀雄をちゃんと分析したことって、一度もなかった。
何かの都合で、1章分か何ページかぐらいは読んだけど、分析読みしたことはなかったよな。
もう読み切ったという満足感だけを持っていた。
もちろん、皆さんもご存知のように、昔、東大の入試問題にはよく小林秀雄の文章が出題されていましたよね。
つい、最近も少し復権して難関大学には出題されてきているらしいです。
小林秀雄の評論は、よく難解だって評されるけど、
僕には初めて読んだ時から、論理の展開はともかく文章が美しくて、すごく読むのが好きでした。
須賀敦子に似た、硬質感があって宝石のような輝きを感じます。
今も、ぼんやりと思い出すと、比喩とかも多用されて(だから、むずかしく感じさせるんでしょうが)、抽象的な詩の文章に似てますかね。
いや、あの心地よいリズム感、大きな波や小さな波を感じる文体はクラシックの交響曲のような音楽ですよね。
プレリュードのような華麗なマーチで盛り上がらせ、ショパンのようなうっとりさせる甘さ、ホルストの惑星のような、サティのジムノペディのような乾いたデザイン感などなど、
音楽の苦手な僕にさえ、いろいろなテイストを思い浮かべさせます。
ああ、読みたい。
そうそう。
小林秀雄が中也の親友で、恋人を奪ったんでしたね。
今日、午後、体育館のトレーニング室へ行く前に、図書館へ行って借りよう。
いや、その前に近くのブックオフへ行って安くあったら、買って来よう。
電子書籍なら、すぐ手に入るけど、分析読みするなら、いっぱい書き込むから紙で読みたい。
夕方、絵本教室で、三宮へ行くから、そこの大きなブクオフなら絶対あるし、買おう!
さて、ずっとヤルヤル詐欺している評論新人賞ですが、まだ数ページしか進んでいません。
論文じゃなくて、評論だぞ、究極、小林秀雄だぞと思ってしまうと、ピタリと書けなくなりました。笑
小説じゃなく、詩よりも簡単に書きなぐれる得意な散文ですら、書けないのは情けないので、
論文やレポート書きの際の必殺技、《章立てして、書きやすいところから部分書き作戦》を実施して、とにかく草稿を完成させてみるつもり利です。
これもできないと、書けない病は小説並みに重症ということになりますから。
途中で、小林秀雄の霊から力をもらったら、利用できるかな。(おいおい)

